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夕凪の変奏曲《ヴァリエーション》
街娼たち
しおりを挟む異様な雰囲気だった。
コンクリート壁には捩れた鉄棒が突き出し、通りは暗く淀んでいる。
近寄りたくない――誰もがそう思うような雰囲気が、そこには、ある。
飾り窓の並ぶその通りには、何人もの男たちが、いた。
壁に凭れ、或いは腰掛け、様々な姿で、過ごしている。
服装はバラバラで、好みも何もかもが、違っている。
「ん……」
声が、聞こえた。ひび割れ、崩れ落ちた壁の奥から。
一人の少年が、冷たい地面に足を開いて座り、その足の間に、男が顔を埋めている。
「あ……っ。う……」
少年の喉が、また、苦しげな呻きを、零した。
肌はうっすらと汗ばみ、続く愛撫に応えている。
薄汚れた身なりの、十七、八歳の少年であった。柔らかい金髪と、今は官能に閉じている碧い瞳、薄く開いた唇と、少年らしい小さな顎、線の細いしなやかな肢体と、その素肌の上に羽織るジャンパー。
冬近いこの日には、身震いの出る格好だ。
「は……っ、あ、あ……」
少年の呼吸が、速くなった。
男がさらに欲望を注ぐ。
通りがパァと明るくなったのは、その時だった。
一台の車が、男たちの群れるその通りへ入って来る。
だが、少年の姿を照らし出すことは、なかった。
車が止まった。
通りに立つ一人の男が車に近づき、窓から中をのぞき込む。
「日本人かい?」
車に乗っているのは、長い黒髪を背に零す、秀麗な容姿の青年だった。形のいいサングラスも、整った面貌も、どこか冷ややかさを感じさせる。
青年は何も応えずに車を降り、ゆっくりと辺りを見渡した。その長身は、アジア人には珍しい。高級なジャケットをいとも容易く着こなし、何をするでもなく、人を威圧する雰囲気を備えている。住む世界の違う気品、とでもいえばいいのだろうか。
青年は、男たちを無視して歩き始めた。
「ハッ! オレは好みじゃないって訳かい」
無視された男が、吐き捨てるように言って、壁に凭れる。
刹那、崩れた壁の奥から、官能を示す声が、高く上がった。
青年の表情が、わずかに変わった。サングラスの奥の瞳を細め、声のした方へと、ゆっくりと視線を巡らせる。
だが、彼の位置からは、暗くて何も見えなかった。
青年は声の聞こえた方向へと、冷たいコンクリート壁に似合う歩調で、歩き始めた。
暗い一角に、金髪の少年と、その開いた足の狭間に顔を埋める男の姿が、浮かび上がった。
「退けよ、おっさん。もう終わりだよ」
少年が言った。金色の髪は煩わしげに瞳にかかり、乱れたままだが、気の強そうな碧い瞳は、その言葉に垣間見えた。
「ユージンがいいのかい? あいつの舌なら、俺の舌の方がずっとテクがあるぜ。まァ、あんたがやりたいんなら別だが」
と、街娼の一人が無愛想に言った。――そう。ここにいる男たちは全て、金で快楽を提供する男娼である。
「ユージン……」
青年は、その名前を薄く呟き、少年の前へと足を進めた。サングラスの奥の瞳を細め、薄汚れた少年を、黙って見据える。
その視線に気づいたのか、少年――ユージン、と呼ばれた少年が、けだるげな面を持ち上げた。
「あんたもナメたいのかい? それともオレがナメるのかい? ――あんたがナメたいんなら、すぐにはムリだぜ。いくらオレが若くても、この通りだ」
と、斜に構えて口を開く。まだ幼さを留める顔立ちに、少年らしさが残っていた。
「ユージン、だったな。――おいで」
青年は、ただそれだけの短い言葉で、少年の腕をつかみ取った。
「おいっ、待てよ! 変なところに連れて行かれて殺されるのはごめんだぜっ」
「……私は何もしない」
「ハッ! わかるもんかっ。チャイニーズ・マフィアや、ジャパニーズ・マフィアの非道な人身売買は誰だって知ってるんだ。アジア人なんか危なくって。――アナル・セックスがしたいんなら、ここにも部屋はあるさ。その高そうな服が汚れない程度の、なっ」
ユージンは乱暴な口調で、目の前の青年を睨みつけた。
「私はマフィアではない。前金ならこれで足りるだろう」
そう言って、青年がジャケットの中から取り出した数枚の紙幣は、ユージンの心を揺るがすのに、充分なものであった。
だが、それでも警戒を解くことは、しなかった。
「ごめんだ。放せよ!」
と、青年の手を振り払う。その声を聞き付けたのか、街娼たちが、ゾロゾロとユージンの元へと集まり始めた。
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