幸せの椅子【完結】

竹比古

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もう一つの椅子

Runaway 拾

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「マーニ……?」
「ごめんね、エドウィンド……」
 そう言って、国龍と名乗った、自分とそっくりな少年の手をマーニが取った時、エドウィンドは、二人を引き離そうとしていた、自分の心を見透かされたような気がしていた。
 恐らく、マーニの唯一の肉親――双子の兄であるというのに、再会を祝福してやることもせず、逆に邪魔をしようとしたのだ。――いや、してしまった。
 だから、マーニは、どちらかを選ぶことしか出来なかった。
 エドウィンドか――。
 血の繋がった双子の兄か――。
 ずっと心が求めていた肉親に会えたのだ。
 共にいたい、と思わないはずがない。
 それなのに……。
 何故、最初から祝福してやることが出来なかったのだろうか。
 その少年のことを知るまでは、密航船での経緯を誤解していたこともあったが、彼の話では、彼がマーニを捨てたようには思えなかった。マーニを守るために手を離すしかなかったのだと――そんな叫びが聞こえて来た。
「いつでも……帰って来ていいんだ……。君の家は、ずっとノルウェーにあるんだから……」
 離したくなど、なかった。
 法律を盾に、ノルウェー大使館に連絡をし、すぐにマーニを取り返す手段も、いくらでも、あった。
 だが……。
 マーニに嫌われたくは、なかったのだ。
 そんなことをして、マーニに嫌われてしまうくらいなら、彼が戻って来るのを、待ち続ける方がマシだった。
「……ほら、パスポートだ。これは、君がノルウェー人で、ヘイエルダールの家族――ぼくの弟だという証しだ。持って行くといい」
 そんな言葉で見送ることしか、出来なかった……。




 そして……。
「今、春だよなァ。――春だったよなァ?」
「だから、コートがいるって言ったのに――」
「絶対、氷点下だ」
「四、五度はある」
 オスロ、フォーネブー国際空港の到着ロビーで入国手続きを済ませ、荷物を手に空港を出て来る旅行者の中から、そんな会話が聞こえて来た。
 誰が見てもよく似た兄弟――双子であることが判る、アジア系の少年たちだ。その一人が、エドウィンドの姿を見つけると、嬉しそうに手を振った。
「エドウィンド――っ!」
 と、荷物を放って、駆け出して来る。
 胸が詰まるほどに、愛らしい笑顔である。
 あの時は、別れのための抱擁だったというのに――。
 胸の中へと飛び込んできたその小柄な少年は、もう十八歳になっているはずだったが、幼い頃の栄養不良もあって、今でも幼い頃の面影を留めていた。
「お帰り、マーニ」
 エドウィンドはハグとキスで出迎えて、その柔らかい髪を、指で撫でた。
 その後ろでは、マーニとそっくりな少年が、神妙な顔つきで立っている。
 それはそうだろう。あの日、エドウィンドの腕の中から、マーニをさらって逃げたのだから……。
「水龍を返しに……来ました」
 双子の兄たる少年、国龍が言った。
 双子の兄弟であり、血の繋がった肉親であるというのに、二人がアメリカ人とノルウェー人という、他人の関係になっていることは、今もあの日と変わらない。
 そして、数日前、エドウィンドの元に、国龍から連絡が入ったのだ。
 この数日間が、エドウィンドにはどれほど待ち遠しく、遅々としか進まない数日間だったことか。
 再び、マーニがこのノルウェーの地に降り立つ日を待つ時間は、本当にのろのろとしか進まなかった。
「疲れただろう。――君も。ノルウェーで暮らしたければ、僕が力に――」
 エドウィンドが言いかけると、
「いえ、ぼくはLAに……」
「……そうか」
「国龍……」
 マーニが、もう泣き出しそうな顔をして、国龍を見つめる。
 そのマーニに笑みを見せ、
「だから、一つだけ約束を――。毎年、バカンスにはLAに来ると……」
 と、いう国龍の言葉に、
「そんな約束は出来ない」
「エドウィンド!」
 約束をはね付けるエドウィンドの返答に、マーニが目を瞠って、エドウィンドを見上げた。
「僕も仕事で忙しい」
「……」
「会いたければ、君がオスロに来ればいい。いつ来ても構わない」
 エドウィンドは言った。
 もう、二人を引き裂く誤解など、どこにも存在しないのだから。兄弟なのだから、いつでも、好きな時に会えばいい。
「夢を、見たんだ……。四人掛けのティー・テーブルが埋まっている夢を」
 それを夢のままで終わらせないために、二人はこの決断をしたのだと――。
 自分たちには、お互いの他に、まだ二人の兄がいるのだと――。
 そして、その兄たちが、どれほど二人のことを愛し、心配してくれているのかを、誰よりもよく知っているのは、自分たちなのだから、と……。
 何より、言葉が通じるようになり、国龍が、マーニからエドウィンドとの生活のことを訊くことが出来るようになると、国龍は、自分だけが兄ではないのだと――エドウィンドもまた、国龍と同じ思いで、マーニの手を離したのだと……それが解ったから、こうすることにしたのだ、と言った。
「――しばらくはこっちにいるんだろう?」
 エドウィンドの問いに、
「ラルフが待ってるから――。明日、発ちます」
「……そうか」
 何だか、この少年から、マーニを取り上げてしまうような気がして、胸が痛んだ。
 彼もまた、何か事情があってマーニの手を離し、辛い思いをして来たのだろうから。
「行こう」
 三人は空港を後にした……。


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