幸せの椅子【完結】

竹比古

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Runaway 40

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「本当に、君のところのあのクソ生意気で礼儀知らずの中国系アメリカ人モデルと、私のところの素直で可愛いマーニは、ここへは戻って来ていないんだろうな?」
 ラルフの屋敷にまで押しかけて来て、そう訊いたのは、言わずと知れたエドウィンドである。
「……あのですね、エドウィンド様、私のデイ・オフの日を狙って文句を言いに来るのは、そろそろやめていただきたいのですが――」
「君のところのあの馬鹿で下品なモデルが、私のところの繊細で優しいマーニを誘拐したんだっ。ただの一言でも、マーニが『帰りたい』と言って電話を掛けて来たら、即刻、告訴して、一生監獄に閉じ込めてやる。――本当にここへは来ていないんだろうな?」
「ですから、私はデイ・オフで、ヘル.ヘイエルダールのご子息とはいえ、仕事時間外まで、あなたのお相手は――」
「君は、そりゃ、気楽だろう。厄介者が消えてくれたんだからな。あの太々しいモデルなら、どこでだって生きて行ける。だがな、マーニはあんな野蛮人と一緒に生活できる子じゃないんだ。父も母も、ずっとマーニの心配をして……」
「……ヘル.ヘイエルダールは、あなたがやっと弟離れして事業に積極的になってくれる、と喜んでおいででしたが」
 ラルフは、ボソリ、と呟いた。
「――何か言ったかい、ラルフ?」
「いえ、別に」
「とにかく、君があんな育て方をするから、うちのマーニまで巻き添えを食うことになったんだ。マーニは今頃、ぼくと離れたことを後悔しているに違いないんだ」
「まあ、それは有り得ることかと……」
 ラルフも、国龍に手を焼かされた一人である。国龍を置屋から連れ出したことを、何度後悔したことか解らない。放任主義で、ろくに構ってやりもせずに育てて来たというのに、被害だけはきっちりと受けていたのだ。腫れ物に触るように育てられて来たマーニが、その国龍の被害を受けていることは、充分に考えられる。
「いいか、私はマーニを手放した訳ではないからな。飽くまでも彼は私の弟だ。マーニは世間知らずで、珍しいものには何でも興味を持つから、その興味が冷めるまで、君のところのあのがさつなモデルにも猶予をやったんだ」
「はぁ……」
「私は決して、過保護で言っている訳ではないんだ。確かに多少はブラ・コンかも知れないが、まだ親元を離れて暮らすのは早すぎる、と言っているんだ」
「充分、ブラ・コンかと……」
「このマーニの写真を見てみろ。可愛いだろ? 君のところのあの露出狂のモデルとは大違いだ」
「同じ顔のような気も……」
「冗談じゃない! マーニはな――」
「あの、私はそろそろ――」
 かくして、このエドウィンドの攻撃は、ラルフのデイ・オフごとに続くことになった訳である。その中、ラルフが、早く国龍に戻って来て欲しい、と切に願ったことは、言うまでもない。早々にマーニをエドウィンドの手に返してもらわなくては、今後、半永久的に、このエドウィンドの来訪が続いてしまうことは、容易に知り得る。
 弟を猫っ可愛がりにして来たブラ・コンの兄と、父親の元で働くためだけにのし上がって来たファザ・コンの兄、そして、自らの半身だけを求め続けたナルシストの弟たち――彼らの逃亡先は、未だ、定まっては、いない……。




                          了

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