36 / 51
Runaway 36
しおりを挟む「いやだ……。やっと見つけたんだ……。ゲスな男たちに体を舐め回されても、畜生以下の扱いを受けても……水龍に逢うためだけに生きて来たんだ……」
「……」
「水龍がいるから生きて来れたんだ……」
国龍は、喉が切れるような言葉を、吐き出した。
「……。言いたくはないが、私はこれ以上、手は貸せない」
ラルフは言った。
「私にも、敵に回せない人物がいる。敵に回してはならない人物が――。ヘイエルダールはその一人だ」
「……解ってる。ありがとう、ラルフ。今まで良くしてくれて、とても感謝してる」
「――。生きている、と判っただけでは満足できないのか? 君の弟は、ノルウェーの海運王の養子として、金銭的にも社会的にも不自由のない暮らしをしている。もちろん、愛情も受けている」
「あなたらしくない言葉だな、ラルフ……。不自由のない暮らしをしているのなら、何故、水龍はぼくの写真集を手放さないんだい?」
「――」
「水龍はぼくを愛してる……。金があって、みんなに愛される生活を送っていても、水龍はぼくを探しているんだ。記憶を失ってさえ――。どんなにいい暮らしをしていても、いつも何か物足りない思いで過ごしているんだ。……ぼくも同じだよ。ここでどんなに良くしてもらっても、不自由のない暮らしをしていても、水龍とは代えられない。水龍だけが全てなんだ」
他人だったのなら、八年の歳月の間に、その想いも薄れていただろう。
だが、生まれる前から一緒にいた兄弟――双子なのだ。切り離すことなど出来はしない。況してや、忘れてしまうことなど……。
たった一度手放してしまった手が、これほど長い別れになるなど、誰が思っていただろうか。
口づけだけを交わして別れたあの日が、これほど長い空白の時になるなど、誰が思っていただろうか。
ほんの少しの間、別れる積もりで離した、手、だったのだ。それが、これほど切ないものになるなど、誰が考えていただろうか。
すぐに逢えると信じて離した手が、こんな結果になってしまうなど……。
「出て行ったら、もう戻っては来ないのだろうな」
寂しげ、とも聞き取れる口調で、ラルフは言った。
「ぼくは犯罪者になる……。水龍を奪って逃亡する。だから、もう戻らない」
国龍は、ラルフを見つめて、真っすぐに言った。
「私には……エドウィンドの気持ちがよく解る」
「ラルフ……?」
「君には愛情を持たない積もりでいた……。父から息子であると認めてもらえなかった私は、自分の力で今の地位までのし上がった。私を息子だと認めてくれなかった父の側で働くために――。息子として認めてもらえないのなら、仕事のパートナーとして、そして、人間として認めてもらうために――。その私と同じ境遇の君にも、同じチャンスを与えてやろうと思った。だから、あの置屋に会いに行った」
「……? 何の話を……」
「君の父親の名前は、黄中元だ」
「え……?」
国龍は、突然の言葉に戸惑った。
ラルフが秘書として仕える男が、国龍の父親だというのだ。
そして、こうも言った。
彼は、父親の側で働くためにのし上がったのだ、と。自分を息子だと認めてくれなかった父親に、人間として認めてもらうためにのし上がったのだ、と――。
なら、その意味は……。
「だが、彼は、私を愛していなかったように、君のことも愛してはいない。息子だとも思ってはいない。もちろん、君も彼を父親だとは思わないだろう。彼は、自分にも他人にも厳しい人間だ。子供を千尋の谷へ突き落とす獅子のような人、と言ってもいい。私は彼に認めてもらうために千尋の谷を登ったが、君にはそれは必要ない。君は、私よりもずっと強い人間だ。そして、強くしてくれる人間がいる。その人間の処へ行けばいい」
ラルフの言葉は夢の中のことを話すように淡々としていて、それでいて、遠くを見つめるように哀しげで、国龍には、戸惑うことしか出来ないものだった。――いや、戸惑ったのは、その話し方に、ではなく、ファー・イースト・ナショナル銀行の総裁、黄中元が、ラルフと国龍の父親である、といった言葉に、だったかも、知れない。
「ぼくと……ラルフは兄弟?」
国龍は、震える声で、問いかけた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
もう一度あなたに会うために
秋風 爽籟
ライト文芸
2024年。再婚したあの人と暮らす生活はすごく幸せだった…。それなのに突然過去に戻ってしまった私は、もう一度あの人に会うために、忠実に人生をやり直すと決めた…
他サイトにも掲載しています。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
冬のあしおと
家紋武範
恋愛
六年の長い春が過ぎ、同棲しているアパートから出る二人。
彼は栄転でロサンゼルスへ。
彼女は日本に残る。
二人とも「行かないで」「一緒に行こう」と言えない。冷え切った関係。
それに終止符が打たれる。
この季節のように、二人は寒い寒い冬となるのだ。
浪漫的女英雄三国志
はぎわら歓
歴史・時代
女性の身でありながら天下泰平を志す劉備玄徳は、関羽、張飛、趙雲、諸葛亮を得て、宿敵の女王、曹操孟徳と戦う。
184年黄巾の乱がおこり、義勇軍として劉備玄徳は立ち上がる。宦官の孫である曹操孟徳も挙兵し、名を上げる。
二人の英雄は火花を散らしながら、それぞれの国を建国していく。その二国の均衡を保つのが孫権の呉である。
222年に三国が鼎立し、曹操孟徳、劉備玄徳がなくなった後、呉の孫権仲謀の妹、孫仁尚香が三国の行く末を見守る。
玄徳と曹操は女性です。
他は三国志演義と性別は一緒の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる