幸せの椅子【完結】

竹比古

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Runaway 33

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「あの、ヘル.マーニは……」
 部屋には、エドウィンドだけで、あの日の少年の姿は、見当たらない。
「弟はまだ眠っている。好きな時に寝て、好きな時に起きて――。私が甘やかし過ぎるせいだろう。父や母にもよく文句を言われる。年が離れているものだから、つい可愛くて、ね」
 と、エドウィンドは、続き部屋になっているベッド・ルームの方を、垣間見た。
 そこに、あの少年がいるのだ。
 すぐに確かめてみたい、と思ったが、最低限の礼儀を正すことは、国龍も、ラルフからきつく言われていたため、それを実行に移すことは出来なかった。感情的になって取り乱し、人違いでした、では済まないのだ、と――。そう言われて来ているのだ。その言葉がなければ、すぐにも確かめに行っていただろう。
「何か飲むかい?」
「あ、いえ、ぼくは……」
「写真集のイメージとは全く違う控えめな少年だな。さっきの中国名はよく聞き取れなかったんだが、写真集の方の名前で呼んでもいいのかい?」
「あ、ええ……」
 どう話を切り出せば良かったのだろうか。いきなり、あの少年がエドウィンドの弟だと聞かされ、国龍の頭の中は、すっかり混乱を来していた。
 二人は――エドウィンドとマーニは容姿的に見ても、全くと言っていいほど似てはいない。エドウィンドは明らかに北欧ノルマン人であり、サンタモニカで見たあの少年は、確かにアジア人だったのだ。もちろん、片親が違う、ということもあるのだろうが、それで納得できるようなことではなかった。
 エドウィンドは、洗練された物腰で、ティー・ポットからお茶を注いでいる。それをテーブルに乗せ、
「どうぞ」
 と、国龍の前にも、一つ、置いた。
「あ、どーも……。あの、それで、ヘル.ヘイエルダール――」
 国龍は、サンタモニカであの少年と逢った日のことから、話を始めた。自分と酷似した容姿のことも、あの少年が抱えていた写真集のことも――。
「――それで、彼がぼくの写真集を大事そうに持っていてくれたので……」
「ああ、あれか。あれには参ったよ。このLAについて、一番に君の写真集を買わされて、ね。それ以来、片時も離してくれない。寝る時も枕元に置いて眠っている」
「……」
 やはり、判っているのだ。彼――マーニには、それが、自分の兄の写真であると判っている。
 彼は、間違いなく水龍なのだ。
「彼と会わせてもらえませんか?」
 国龍は言った。
 紅茶を含むエドウィンドの手が、そこで、止まった。
「何故?」
 と、国龍の視線を見据え返す。
「……。彼も、ぼくに逢いたがっている」
「何故そう思う?」
「写真集を……」
 他人にどう説明できた、というのだろうか。水龍に会うことさえ出来れば、何の説明も要らないのだ。
「君たちアメリカ人の芸術的センスはともかく、君の写真集は、確かに男の欲望さえそそるものだろう。私としては、弟がこれ以上、君たちの芸術にのめり込むようなことにはなって欲しくない。――解ってくれるだろう?」
 エドウィンドは言った。その言葉には、冷たい棘のようなものが、混じって、いる。彼にしても、国龍とマーニの酷似には気がついているだろうに、ただの一言もそれには触れず、二人を会わせまいとしているのだ。
「彼は……彼の本当の名前は、水龍というのではないのですか? 彼にはその中国名があったはずだ」
 国龍は言った。
 エドウィンドの眉間が、少し、寄った。
「……シュイロン?」
「ええ……。誰が見ても、彼とぼくは似ている。サンタモニカでも、女の子たちが、彼とぼくを間違えていた」
「欧米人には、東洋人の顔の区別があまりつかないからな」
「東洋人なんですね? 彼――マーニは。あなたとは違った――ぼくと同じアジア人なんですね?」
 国龍は訊いた。――いや、その意味するところを訴えた。
「……何が言いたい?」
 エドウィンドの表情が、きつく、変わった。


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