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Runaway 26
しおりを挟む《Runaway-逃亡者》
そのタイトルで開催された個展は、《狂気》というコーエンの一貫したテーマの元に出来上がった最高傑作である、として、多くの批評家やジャーナリストたちに高い評価を受けることになった。
もちろん、その一番の話題の中心人物となったのは、無名の新人モデル、ロン・ウェイである。――いや、昨日までの無名新人、ロン・ウェイ。
個展開催日の今日、国龍は、その名をLA中に知らしめていた。
中には、コーエンがそのモデルを有名にしたのではなく、モデルがコーエンの名を更に高めたのだ、という皮肉屋もいた。――いや、それは本当に皮肉だったのだろうか。少なくとも、ラルフに取っては、その批評こそが正当なものだっただろう。
芸術と猥褻の狭間で、モノトーンに彩られる東洋の少年の美しい肢体は、妖しい色香すら含んでいた。
けだるげな表情、達した刹那の白い唇、魔物のような危険な眼差し、狂人の如き凄まじい絶叫と鬱……それからが下水道の美醜の中で、鉄格子の部屋の片隅で、何もない虚無の空間で、暗く透き通った海の底で、淫靡に、貴く、色づいているのだ。
妖魔――人はそう呼ぶかも知れない。そんな人外の、そして、幻想的な魅力が、写真の中の国龍には、あったのだ。
その魅力を前にすれば、男も女も、ほんの少し淫らになったに違いない。
そして、アーチストたちは、天使のような、と形容される馬鹿馬鹿しい清純派モデルを撮りたくもなくなるだろう。況してや、創りたくも、描きたくもなくなるだろう。
得体の知れない魔と神秘こそ、人々が畏怖し、また、求めて来たものなのだ。
その個展は、ラルフが言っていた通り、ショッキングでセンセーショナルなものとなっていた。
「ミスター.ロン・ウェイ。かなり衝撃的なカットが多いようですが、それに対して抵抗はありませんでしたか?」
会場の熱気に包まれながら、記者たちも興奮気味に質問を飛ばす。
「……別に」
国龍は、終始冷めた口調で受け応えていた。
「確か、この夏に十七歳になったばかりでしたよね? 周囲の反応や、あなた自身の心境の変化は?」
「……あったとしても、あなた方には解らない」
「は?」
「この写真はぼくかも知れないし、ぼくではないかも知れない。この写真を見て、ぼくの狂気が解る人間がいるとすれば、たった一人……」
「一人? それは誰ですか? やはり、ミスター.コーエン?」
「……」
誰にも解るはずなどないのだ。コーエンにも批評家にも――。解る人間がいるとすれば、八年前に失った半身、ただ一人……。
「と、年に似合わず無口だナ……。では、ミスター.コーエン。今回のあなたの作品を、芸術ではなくポルノだと中傷する批評家もいるようですが、その点について何か?」
「他人に批評してもらう積もりなどない。撮りたいものを撮っているだけだ。俗物に私の芸術を理解してもらおうとは思わないさ」
「は、はァ……。では、あなたご自身では、これを芸術だと?」
「以前、芸術家と精神異常者を同義語として結んだクランケがいた。彼の世界では、芸術家と精神異常者は同じものだと――。私も彼の《世界》に同感だ。目の前にある世界しか見えない正常者よりも、全く別の世界を持っている彼らの方が、よほど芸術家の名に相応しい。もし、私が狂っているのであれば、これは間違いなく芸術作品であろうし、私が正常なら、これは美しく淫らなポルノかも知れん。そして、私は自分を正常だと思ったことなど一度もない。己を正常だと思い込んでいる狂人ほど、愚かな者はいないからな」
「は、はァ……」
記者たちも、媚びることをしない二人が相手では、なかなか会話が弾まないらしく、額に冷たい汗を浮かべていた。
《逃亡者》
幼い子供が右も左も判らない世界にいきなり飛び出し、海を目指し、大きな夢を持って決意した逃亡。そして、欲望に塗れた大人たちは、その幼子たちの行く手を塞ぎ、閉じ込めた。
そんな哀しい逃亡者の姿は、虚無の空間や鉄格子の部屋、下水道の中に刻まれていた。
なら、海に沈むその姿は――そのカットは、何を示すものだったのだろうか。
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