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Runaway 24
しおりを挟む国龍がその写真家と会ったのは、ビバリー・ヒルズの、まさしく城と呼ぶに相応しい、目を瞠るような豪邸で催された、パーティの席だった。
ハリウッドの西側に隣接する高級住宅街である。
そこは、国龍が知る中でも、贅沢のケタが違っていた。きらびやかな人々も然り、訳の解らない人々も然り――。
それでも、一向に怯む様子もなく、グラスを片手に立つ国龍の姿は、人目を惹きつけるに充分なものだったに違いない。
人々の視線と囁きも、国龍を垣間見ては、続いていた。
「随分、きれいな子ね……。中国人か日本人みたいだけど」
「ついに日本人はハリウッドまで脅かすようになった、ってか?」
「あの子なら、それも冗談ではないかも知れないわよ」
黒のタキシードと、きれいに撫でつけられた艶やかな黒髪――その容姿もさることながら、国龍にはどこか独特の雰囲気があったのだ。それは、過去、というものだったかも知れないし、目的、と呼べるものだったかも、知れない。人を恍惚と酔わせる、芥子の夢のような魅惑があったのだ。特別なことをする訳でもないのに目立ち、そこだけライト・アップされているかのように際立ち、決して人込みに埋もれることなく、仄かな光さえ発して輝いている。
そんな不思議な魅力を持つ少年に、声がかからないはずもないだろう。
「ハイ。君は新人かい? ぼくは作る側の人間なんだけど、よければ話をしたいな」
軽薄を絵に描いたような、ハリウッドの人種だった。口調も年齢以上に若々しい。
「最近公開された映画では、《スケープゴート》や《ダーザイン》なんかがぼくの作品なんだけど――。観てくれたかい?」
と、観ていて当然のような口調で、問いかける。
「ああ……。どっちも観た。ちゃちでつまらない映画だった」
「――」
国龍の言葉に、どよっ、とホールがざわめいた。
後ろでは、ラルフが苦笑のように、皮肉げに唇を歪めている。
男の顔は、引きつっていた。
「ハ……ハハ。子供には少し難しい話だったかな。登場人物に神秘性を持たせるために、子供が好きそうな人間味を持たせないように書いたからね。あれは全米で話題を独占した最高作なんだよ。一般人が持っているようなモラルやコモン・センスはもちろん、目に見える優しさや哀しさも持たせては――」
「失礼……。ぼくの言葉が気に障ったのなら、謝ります。ぼくは子供なので、あなたの作品の良さがよく解らない」
国龍は、流れるような口調で、淡々と言った。
「あ、ああ、そうだろうね。気にしてはいないさ。子供にはまだ解らないだろうからね」
この場合、取り繕うような男の言葉は、傍目には、余計にみっともないものとしか映らなかったに違いない。
そして、国龍が子供でなければ、こうも事なく収まらなかっただろう。加えて、今の言葉で、国龍の存在は、一層、皆の関心の的になっていた。
バルコニーで、グラスを傾けていた男も、国龍の姿をじっと見据え、そこから足を踏み出した。
「あの男がフォト・アーチストのスティーブ・F・コーエンだ」
ラルフが小声で耳打ちをした。
男は四五、六歳だろう。クセのある黒髪をオール・バックにし、後ろで一つに結んでいる。精神異常者を見過ぎて来たためか、普通の人間になど面白味も感じない、といった顔付きをしている。
その男の足が、国龍の前で、ピタリ、と止まった。
「年は?」
と、周囲の視線など気にも止めていない様子で、問いかける。
「……いきなり年を訊かれたのは初めてだ。不躾な人だな、あなたは」
国龍は、不敵な眼差しで、男を見上げた。
「フッ。目を見れば解る。君が年相応の少年でないことも、普通の少年でないことも――。私はスティーブ・F・コーエン。写真を撮っている。もちろん、人物だ」
男は先に名前を名乗った。
「名前は存じていますよ、ミスター.コーエン。ドクター.コーエンの方の名前も――。ぼくはロン・ウェイ。肩書と過去はありません」
「……。過去はない、か」
「ええ。――創っていただけますか、あなたの手で。過去と今、そして、狂気と逃亡先を――。未来は要らない。それはあなたには創れない」
その言葉に、また、ホールがどよめいた。
大の大人と、わずか十六、七歳の少年が、駆け引きのような会話を交わしているのだ。それも、どちらも引かない眼差しで。
何とも言えない空気が漂っていた。
それを破ったのは、一人の華やかな女だった。
「クスクス。可愛らしい坊やだこと。――でも、残念ね。ミスター.コーエンは私の写真集を撮ることになっているのよ。これからすぐにパリへ――」
「引き受けよう」
それは、コーエンの言葉だった。華やかな女の方には目もくれず、国龍を見据えて、そう言ったのだ。
女はもちろん、目を見開いている。それでも、プライドもあるのだろう。
「その話はパリから戻ってからにしてくださらなくて? ――あなたも失礼よ、坊や。無名の新人が名声を手に入れたいのは解るけど、ここで仕事の話を持ち出すなんて――」
「私はパリへ行くとは言っていない。君の写真集の話も断ったはずだ、ミス.シャロン」
そのコーエンの言葉に、女はさらに目を見開いた。
「何ですって……。そんなことが――」
「私がこのパーティに出席したのは、君のマネージャーに、どうしても一度会ってから決めて欲しい、と泣きつかれたからだ。もちろん、会ったところで、私には君を撮る積もりなどなかったが」
「――」
「君のような有名女優を撮りたがる写真家は、いくらでもいるだろう。私の出る幕はない。失礼するよ。――行こうか、ミスター.ウェイ。君もこのパーティを楽しんでいないようだ」
その日のパーティでの出来事は、翌日には業界中に知れ渡り、国龍とコーエンの契約の話も、マスコミが毎日のように取り上げるように、なっていた……。
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