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Runaway 21
しおりを挟む「まあ、ロン坊っちゃま、何て痛々しい……。骨折だなんて、お可哀想に」
手の掛かる子供ほど、女には可愛いものらしい。丸々と太ったメイドは、病院から戻って来た国龍を見て、これ以上はないほどに、労りを見せた。
それは、実害を受けているラルフとの違いでもあっただろう。
「私は医者に儲けさせるために、君をここに置いている訳じゃないんだぞ」
と、煙草を抜いて、憮然と言う。
「……ごめん」
「旦那様っ! ロン坊っちゃまがお可哀想でございますよ。こんな小さな子が怪我をして、痛い思いをしていらっしゃる時に」
何故か、ラルフは責められる立場にあるらしい。
手の掛からない大人は、女に取って、世話をする楽しみがないのだろう。
「――理由次第では、可哀想だと認めてやろう。何故、木に登った?」
「ラルフの……」
「ん?」
「ラルフの誕生日だから、庭中の木に飾りをつけようと思って……」
その言葉に、メイドは早くも、うるうると瞳を潤ませている。
ラルフは、といえば、しばらく黙って国龍を見つめていたが、それから、くるり、と背中を向け、
「私の誕生日は二カ月も先だ」
「あ、やっぱり覚えてた?」
子供の嘘、というのは、どこか間が抜けているものである。
そして、国龍の嘘は、思いっきり間が抜けていた。
「――言いたくない理由があるのか?」
「別に……。水龍のことを考えてたら、ちょっと泣いちゃって、みっともないから、涙が止まるまで木の上にいよーかな、なんて――。ほら、庭から部屋に戻るまでに誰かに見られたらイヤだし、庭に誰か出て来るかも知んないし――。で、木に登ったんだけど、枝が霞んで見えて、それで、うっかり足を滑らせちゃって……」
「悪かった。それ以上、言う必要はない……」
そんなこんなで、四年の歳月が過ぎて行った。
国龍に取っては覚えなくてはならないことが山ほどある四年間であり、また、水龍のことを考えて、もどかしい思いになる長い歳月だった。
一九九四年、春――。
雨季を終えたロサンゼルスは、青いテーブル・クロスを広げたような、美しい空を覗かせていた。
十二月から三月の雨季を除けば、この街は、ほとんど快適な気候が続くのだ。
その陽光の下、緑生す美しい庭の中で、国龍とラルフは、珍しくゆったりとした朝食の時間を持っていた。
「あんたがデイ・オフなんて、珍しいよな」
今ではもうすっかり慣れたテーブルマナーで、簡単な食事を取りながら、国龍は向かいの席へと視線を向けた。
「私にも休みはあるさ」
アメリカ中の新聞を取っているのではないか、と思える何部もの新聞を読みながら、ラルフが応える。
「それが休日の過ごし方かい?」
朝から活字を相手に朝食を取るラルフの姿は、どう見ても仕事中である。
「そうだったな。君とも少し話をした方がいいかも知れない」
「ぼくは……別にいいけどさ」
「無理をするな。この四年間、弟のことを考えて、さぞ歯痒い思いをしていただろうからな」
新聞を傍らに置いてのその言葉は、全てを見透かすものだった。
国龍は黙って、パンをちぎった。
アメリカでのし上がるためには、それなりの知識を身につけなくてはならない、と解っていても――それが最良で確かな近道だと解っていても、その時間がじれったくて仕方がなかったのだ。
自分がこうしている間に、水龍は酷い目に遭っているのではないか。
こんなことをしている間に、水龍を捜し出すことが出来るのではないか。
そんなことを考えたのも、一度や二度では、ない。
そして、アメリカの広さを思い出して、何とか自分を抑えるのだ。
この広大な大陸の中で、たった一人の密入国者を探すことが、どれほど大変なことであるのかを、自分の胸に言い聞かせて。
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