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Runaway 20
しおりを挟む「ほら、剥けてるだろ?」
ある夏の日の朝、国龍が言うと、
「まあ、ほんとに」
と、丸々と太ったメイドは、我が子の成長を見るように、微笑ましげに言ってくれた。
「何だ? リンゴの皮むきまで教わっているのか?」
そう言って、朝食の席に姿を見せたのは、ラルフだった。
「いえいえ、違いますよ。ロン坊っちゃまもどんどん大人になられて」
そのメイドの言葉に、
「ホラ」
と、国龍は、よく見えるように、ラルフの前に、オマケ付きの腰を突き出した。
ラルフの表情が唖然と変わったことは、言うまでもない。
「きれいに剥けただろ? ぼくももう十三歳だし。何か大人になった気がする」
「……頼むから、朝からそんなものを見せないでくれ」
「子供の成長を見るのは嬉しくない?」
「誰がそんなモノを見て嬉しいんだっ!」
「やっと剥けたのに……」
「そうでございますよ、旦那様っ。せっかく坊っちゃまが報告してくださっているのに――。私なんて、もうロン坊っちゃまが可愛らしくて、可愛らしくて、日々の成長が楽しみで、楽しみで」
「勃った時も見せてあげるね」
「ええ、ええ、お待ちしておりますよ」
「……朝食は要らない」
ラルフの苦悩の始まりの日だった。
「ラルフは? 休日なのに、また仕事?」
「ええ。今日も遅くなると言っておいででしたよ」
「そう……」
メイドの言葉に、国龍は落胆を表すように、肩を落とした。
「……明日は早くお帰りになるよう、私からも頼んで差し上げますよ」
「……」
「ロン坊っちゃま?」
きっと、これほど切なげな国龍の表情を、メイドは見たことがなかっただろう。
だが、ラルフは見たことがあったかも、知れない。台湾のホテルで、ラルフがシャワーを浴びている間に、国龍がラルフのサングラスを――付け加えておけば、何十万もするサングラスを、弄って壊してしまった時、国龍は同じような表情をしていたのだ。
それと同じレベルになってしまうことが、哀しい。
「大丈夫でございますよ。旦那様もロン坊っちゃまのお相手が出来ないことは、心苦しく思っていらっしゃるんですから。少しくらいの無理は聞いてくださいますとも」
「……ホントに?」
「ええ、本当ですとも。――旦那様に何かご相談ごとでも?」
コクリ、とうなずき、国龍は手に持つ万年筆を持ち上げた。
「勉強してたら、インクが出なくなって……」
「まあまあ、万年筆のインクくらいでしたら、私でもご用意して差し上げられますよ」
「違うんだ。インクが出なくなって、思いっきり振ったら、インクが部屋に飛び散って……。前に聞いたんだけど、部屋にある絨毯って、ペルシャ絨毯だっけ? ぼく、値段まで聞いてなかったから、よく解らないんだけど……高い?」
「……」
メイドが絶句したことは、言うまでもない。
そして、仕事から戻って来たラルフが絶句したことも……。
「あのぉ……」
「今度は何を壊したんだ?」
国龍の呼びかけに、ピクリ、とこめかみを引きつらせて、ラルフは訊いた。
国龍による被害総額は、すでに目眩を起こしそうなほどになっているのだ。
ラルフが国龍の方を振り返ることが出来なかったのも、仕方のないことだっただろう。控えめな国龍の口調は、次の言葉を容易に察し得させたのだ。
「さっき、庭の木に登ってたら――」
「うっかり足を滑らせて、庭にある彫刻を壊した、ってか? だいたい、何だって木に登ったりするんだ? あの彫刻がいくらしたと思っている?」
「……彫刻は壊してない」
どうやら、予想最高被害額は免れたらしい。
「なら、何を壊した?」
「木から落ちて……足がすごく痛いんだけど、骨が折れてるんじゃないかなぁ、と思って……」
「この馬鹿っ! 何でそれを早く言わないんだ!」
「言おうとしたら――」
「おい! 私の車を玄関へ回しておけ! 国龍を病院へ連れて行く」
破壊費だけでなく、医療費も人並み以上に、かかっていた……。
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