幸せの椅子【完結】

竹比古

文字の大きさ
上 下
18 / 51

Runaway 18

しおりを挟む

 光の海――。
 確かに海と言えるものだったのだ。上空から見下ろすロサンゼルスは、飛行機の速度さえ無視しているかのように、ほとんど位置を変えずに、そこにあった。美しい、とか、凄い、とか思う前に、飛行機が上空で停止してしまったのではないか、という錯覚さえ、起こさせる。
「あれ……何なんだ?」
 始めて目にする大都会に、国龍は呆然と呟いた。飛行機に乗るのも初めてなら、そんな光の塊を見るのも始めてだったのだ。
 ここへ至るまでの恥は、台湾のホテルに泊まった時から含めて、一通り何でも使い果たしていたため、そんな言葉しか出て来なかったのかも、知れない。
「あれがLA――洛杉礬だ」
 隣に座る、ラルフが言った。
「街が……光ってる……」
 その言葉以上に、的確な言葉があっただろうか。都市の中心部だけが輝いている訳ではなく、恐らく何十キロにも渡って、光の海が続いているのだ。
「ここ、LAは、アメリカの中でも特種な街だ。普通、都市には中心部というものがあって、そこに企業や観光地、主要機関のほとんどが集中しているが、ここ、LAでは、何十キロにも渡って、それらが千々に散らばっている。――たとえば、福州なら数キロ走れば農村部に行き当たるが、LAは数十キロ走っても、まだ市内だ」
「……」
 言葉は何も、出て来なかった。とんでもない街に来てしまったのだ、と思っていた。初めて履かされた革靴の違和感さえ忘れてしまうような、そんな圧倒的な雰囲気だったのだ。
 鼓動が高鳴り、足がガクガクと震えていた。
 飛行機が揺れた時は叫んでしまったが、今はそんな声すら出て来なかった。
「君がしなくてはならないことは、まず言葉だ」
「言葉? オレ、英語なら少し――」
「君の英語など通用しない。それに、オレではなく、ぼくだ。汚い言葉や暴力で相手を威嚇しようとする人間など、所詮、取るに足らないクズだ。己に力があれば、言葉で相手を威嚇する必要もない。ぼくか、私。それが最低限の言葉遣いだ」
「……何だってしてやるよ。それで水龍が見つかるのなら」
 飛行機が、光の海の中へと着陸ランディングする。
 ここから全てが始まるのだ。
 空港から乗った黒塗りの高級車は、パーム・ツリーの並木を横目に、目を瞠るような大邸宅へと滑り込んだ。
 このホテルに泊まるのか、と国龍が訊いたことは、ここでは触れないことにする。そんな大ボケを一々書いていては、話が前に進まなくなる。
 だが、まるでお城だな、と言ったことは、その邸宅を表す言葉として、書き留めて置いてもいいだろう。
 そこは、ラルフの自宅だった。
 そして、それを聞いた国龍がどんな顔をしたかは、言うまでもない。また、頭に虱が蛆きかけていたのだ。
「ここが城? ハッ。この街では、これを城とは呼ばないさ」
 もっと凄い豪邸があるのだということも、いくつも豪邸を持っている人間がいるのだ、ということも、国龍はその時、初めて、知った。
 それからも色々なことを覚え――覚えさせられ、知識と言わず、マナーと言わず、休む暇など全く、なかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

竹比古
恋愛
 今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。  男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。  わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。  司は一体、何者なのか。  司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。  失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。  柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。  謎ばかりが増え続ける。  そして、全てが明らかになった時……。  ※以前に他サイトで掲載していたものです。  ※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。  ※表紙画:フリーイラストの加工です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...