幸せの椅子【完結】

竹比古

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Runaway 18

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 光の海――。
 確かに海と言えるものだったのだ。上空から見下ろすロサンゼルスは、飛行機の速度さえ無視しているかのように、ほとんど位置を変えずに、そこにあった。美しい、とか、凄い、とか思う前に、飛行機が上空で停止してしまったのではないか、という錯覚さえ、起こさせる。
「あれ……何なんだ?」
 始めて目にする大都会に、国龍は呆然と呟いた。飛行機に乗るのも初めてなら、そんな光の塊を見るのも始めてだったのだ。
 ここへ至るまでの恥は、台湾のホテルに泊まった時から含めて、一通り何でも使い果たしていたため、そんな言葉しか出て来なかったのかも、知れない。
「あれがLA――洛杉礬だ」
 隣に座る、ラルフが言った。
「街が……光ってる……」
 その言葉以上に、的確な言葉があっただろうか。都市の中心部だけが輝いている訳ではなく、恐らく何十キロにも渡って、光の海が続いているのだ。
「ここ、LAは、アメリカの中でも特種な街だ。普通、都市には中心部というものがあって、そこに企業や観光地、主要機関のほとんどが集中しているが、ここ、LAでは、何十キロにも渡って、それらが千々に散らばっている。――たとえば、福州なら数キロ走れば農村部に行き当たるが、LAは数十キロ走っても、まだ市内だ」
「……」
 言葉は何も、出て来なかった。とんでもない街に来てしまったのだ、と思っていた。初めて履かされた革靴の違和感さえ忘れてしまうような、そんな圧倒的な雰囲気だったのだ。
 鼓動が高鳴り、足がガクガクと震えていた。
 飛行機が揺れた時は叫んでしまったが、今はそんな声すら出て来なかった。
「君がしなくてはならないことは、まず言葉だ」
「言葉? オレ、英語なら少し――」
「君の英語など通用しない。それに、オレではなく、ぼくだ。汚い言葉や暴力で相手を威嚇しようとする人間など、所詮、取るに足らないクズだ。己に力があれば、言葉で相手を威嚇する必要もない。ぼくか、私。それが最低限の言葉遣いだ」
「……何だってしてやるよ。それで水龍が見つかるのなら」
 飛行機が、光の海の中へと着陸ランディングする。
 ここから全てが始まるのだ。
 空港から乗った黒塗りの高級車は、パーム・ツリーの並木を横目に、目を瞠るような大邸宅へと滑り込んだ。
 このホテルに泊まるのか、と国龍が訊いたことは、ここでは触れないことにする。そんな大ボケを一々書いていては、話が前に進まなくなる。
 だが、まるでお城だな、と言ったことは、その邸宅を表す言葉として、書き留めて置いてもいいだろう。
 そこは、ラルフの自宅だった。
 そして、それを聞いた国龍がどんな顔をしたかは、言うまでもない。また、頭に虱が蛆きかけていたのだ。
「ここが城? ハッ。この街では、これを城とは呼ばないさ」
 もっと凄い豪邸があるのだということも、いくつも豪邸を持っている人間がいるのだ、ということも、国龍はその時、初めて、知った。
 それからも色々なことを覚え――覚えさせられ、知識と言わず、マナーと言わず、休む暇など全く、なかった。


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