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Runaway 16
しおりを挟む「ナイナイ、オレの借金、あとどれくらい残ってんだよ」
客を取り始めて四年近く、今年、十三歳になろうとする国龍は、ソロバンを弾く婆婆を前に、ぞんざいな口調で問いかけた。いつ死んでもおかしくない老齢の婆婆であるにも拘わらず、全く死ぬ気配もなく、日々、金勘定に精を出しているのだ。
一九九〇年、春――。
「そうだねぇ……。おまえはよく稼いでくれるが、客とケンカをしては治療費ばかり嵩むからねぇ。今年に入ってからだけでも、客にいくら払ったか――」
「あとどれくらいだ、って訊いてるんだよ」
のらりくらりと、いつも曖昧な言葉で逃げるのだ、婆婆は。
「なあに。おまえならすぐに返せる金額さ。客に怪我さえさせなけりゃね」
「……」
「美国へ行くための金も稼ぎたいんだろ? その器量だ。いくらでも稼げる。おまえほどの器量を持った人間は、どこにもいやしないからね」
「……水龍とオレは同じ顔だ」
「ん? ああ、おまえの弟かい。可哀想にねぇ。ずっとここにいれば良かったものを、逃げ出したりするから行方知れずになるんだ」
「……。もうとっくにオレの借金の返済は終わってるはずだ。オレはそれくらいは充分に稼いでる。客に払った治療費も含めて――。オレだって、いつまでも計算が出来ないバカなガキのままじゃないんだ」
国龍は、威圧感すら備える眼差しで、婆婆を見据えた。
大人に騙されることには慣れているとはいえ、もう何の反抗も出来ない小さな子供ではないのだ。
だが――。
「偉そうな口を叩くんじゃないよ。誰が今日まで面倒をみて、大きくしてやったと思ってるんだい。あたしがいなけりゃ、おまえだってのたれ死んでたガキなんだ」
「――で、一生、そうやってオレから絞り取るのか?」
「計算よりも先に、口の利き方を覚えな。――さあ、さっさと部屋へお行き。客が待ってるんだ」
「……」
もう一生、ここから出ることは出来ないのだろうか。
何人もの男たちが見張りにつく中、国龍が逃げ出すことは不可能なのだろうか。
だが、逃げ出してどこへ行こうというのだ。水龍の手掛かりさえ、掴めてはいないというのに……。
「へェ。今日は上等な客かい? 借金が終わらないのが不思議なくらいだな」
ドアのついた、いい部屋の前に連れて来られ、国龍は、ピッタリと張り付く見張りの男たちに、皮肉を向けた。
「借金を済ませたければ、二度と客に手を上げないことだ」
「ハッ! 一回殴っただけで、三〇発は殴り返されてるさ。あんたらにもな」
投げ付けるように言葉を放ち、乱暴にドアを開けて、中に入る。
ドアを閉じる凄まじい音も、今の心境を表すものだったかも、知れない。
小ぎれいに整えられた部屋の中には、サングラスを掛けた長身の男が立っていた。身につけているダーク・スーツも、いつもの客のものとはケタが違う。三十代の後半だろうか。そこいらのチンピラには持ち得ない、強かな雰囲気を備える男だった。
「相変わらず、いい気性だな。もうとっくに廃人同然になっているかと思っていたが」
「……え?」
「私を忘れたのか、坊主?」
煙草を挟む指が、サングラスを外した。
「あんた……」
忘れるはずもない顔だった。一度、国龍を見張りの手から逃がしてくれ、水龍の元へ行くのを助けてくれた男だ。――そう。名前も覚えている。
ラルフ・リー。
煙草の匂いも、幼い日に噛み付いた時と同じだった。
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