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Runaway 15
しおりを挟む「三年前の密航船の記事を、美国で集めていて、な」
男が言った。
「何しろ、向こうに渡った奴でも、英語が出来る人間なんか、そうそういやしないから、訊いて回ったところで、目ぼしい話なんか出て来やしない」
「……それで?」
「向こうの沿岸警備艇に見つからずに上陸できた運の良い船に、おまえの弟が乗っていなかったことはこの前に話した通りだが、警備艇に見つかって、上陸を拒否された密航船の中に、おまえの弟が乗っていたらしいと言うんだ」
「らしい、か。結構なことだな。そんな話を持って来る奴はごまんといるさ。あんただけじゃない」
国龍は、もう何の期待も持たない口調で、ただ無気力に吐き捨てた。
実際、水龍らしき子供が船に乗っていた、という話は、山ほどあったのだ。最初は国龍も期待し、情報を持って来てくれた男に奉仕し、もっと詳しいことを調べて来てほしい、と頼んだが、結局、それ以上のことは、いつまで経ってもあやふやなままだった。
その内、国龍も気がついたのだ。男たちは、国龍に奉仕させるために、調べてもいないことを、さもそれらしく言ってみせていただけだったのだと――。
「今度は本当さ。カリフォルニア半島沖の公海を船行中に、美国沿岸警備艇に見つかった船があるんだ。中国人六〇〇人を乗せた三隻の船で、出港元はこの福建――。密航者はチャーター機で強制送還されたんだが、その船に乗っていた一人が、おまえの弟のことを覚えていたんだよ」
「――で、水龍は本土へ強制送還されて、その後の行方は判らない、ってか? 毎回、懲りもせずに、よくそんな話を持って来るもんだな。少しは証拠でも持って来たらどうだ?そうしたらオレも信じて――」
「真面目に聞けよ」
「……フンっ」
真面目に聞いていれば、今頃、絶望の最中にいたに違いない。
「おまえの弟は、あまり丈夫な体じゃなかっただろう? 船の中でも、容体のいい日なんか、ほとんどなかったそうだ。まあ、何百人もの人間が詰め込まれた、汚い船の中だからな。病気や疲労で死んで逝く人間は何人もいた。体が丈夫な奴でも、生きていられるかどうか判らない旅だからな」
「……何が言いたい?」
国龍は、男の言葉をきつく見据えた。
「もう弟のことは忘れろ。おれがおまえの身請けをして、ここから出してやるから――」
「触るなよ、ゲス!」
国龍は、男の手を振り払った。
「オレの身請け? ハッ! あんたのものになるのなんかごめんだ、と言ったはずだ」
「国龍――」
「帰れよ! 金なら返してやるさ。オレの客はあんただけじゃないんだ」
「……。いい加減、現実を見たらどうだ、国龍。もう三年だ。その間、一度も連絡が入らないなんて、おかしいと思わないのか? 普通なら、美国で働いて、おまえの元に金を送って来ているはずだ。――そうだろ? おまえの弟は死んだんだよ。美国へ着く前に船の中で死んで、そのまま海に捨てられたんだ。だから、美国でも情報が手に入らな――」
「帰れ! 帰れよ! あんたの言うことなんか信じるもんかっ! さっさと帰れよ!」
どの男たちも、似たような話を持って来たのだ。
国龍の身請けをしたいがための偽(つく)り話だと――。確証など何もない戯言だと――。そう思うことで、国龍はその現実を受け入れまいとして来た。
だが、もう三年なのだ。
「帰れ……よ……。帰ってくれよ……。オレを抱きたいんなら……抱かせてやるよ……。だから……さっさと抱いて帰れよ……」
離れなければ、よかったのだ。
手放してはならない半身だったのだ。
だが、あのまま水龍が男たちの餌食にされるのを、黙って見ていることが出来た、というのだろうか。
その生活に、水龍が耐えられた、というのだろうか。
どちらの選択が正しかったのか、など、きっと誰にも判りはしない。どっちを選んでも、後悔しかなかったかも知れないのだ。
『ぼくがちゃんと逃げられたら、国龍も安心して逃げられるよね』
まだ、やっと九つだったのだ……。
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