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Runaway 12
しおりを挟む部屋に飛び込み、水龍を弄ぶ男にも噛み付き、大暴れをした国龍は、その日、また、男たちに死ぬほど殴られるハメになっていた。
水龍は、といえば、初めて客を取らされたショックに、半ば放心状態になっていたものの、その国龍の姿を前にして、ショックに浸っている間もなく、何もかも忘れたように、懸命に国龍の看病を続けていた。やるべきことがあったために、狂気に取り憑かれることもなかったのだろう。それは、何よりの救いだった。
「おかゆは? おかゆ、食べれる、国龍?」
包帯とガーゼでぐるぐる巻きにされた国龍に、欠けた茶碗を示して、問いかける。
「……あの時の仕返しを……するつもりだろ?」
「え?」
「今、食べたら……吐く……」
あれほど殴られた、というのに、国龍は逞しい言葉を口にした。――いや、吐くという言葉が逞しいかどうかは疑問の残るところだが、体の傷に精神まで犯されまいとするその姿は、やはり、逞しいとしか言えないものだっただろう。
そして、涙が零れ落ちそうになるほどに、痛ましい……。
「どうしたら……頭よくなれる……のかな……」
「え?」
「まだ……頭にシラミ……蛆いてるかナ……」
「なにかあったの、国龍? 頭、ヘンだよ」
「やっぱり……ヘンかな……」
「うん」
「オレ……頭よくなりたいな……」
熱に茫とする頭で、そんなことを呟き、国龍はいつの間にか眠りに導かれていた。
耳元では、心地よい水龍の声だけが聞こえていた……。
「――ったく。何て子だろうね。客に怪我はさせるわ、反省はしないわ、おまけに、またこんなに殴られちまって――。顔に傷がついたら、客も取れないんだよ」
今日も婆婆は苦々しい顔で、干からびた小言を吐き出した。
「国龍が悪いんじゃないんだっ。国龍はぼくを助けようとして――。だから、国龍を怒らないで、ナイナイ」
水龍は、毛布に横たわる国龍の前に立ち塞がり、気丈な言葉で両手を広げた。恐らく、初めて国龍を守る、という立場に立ったことが、そんな健気な言葉を口に出させていたのだろう。これ以上、国龍に近づかせまい、とするように、小さな体で踏ん張っている。
「国龍は悪くない、だって? ハッ! ロクに働けもしないクセに、偉そうなことを言うんじゃないよ」
「働くから――。ぼく、国龍の分まで働くから。だから、国龍に何もしないで」
何故、わずか九つの子供が、これほどまでに強くならなくてはならなかったのだろうか。
もっと甘えて育ってもいい年だったのではないだろうか。
彼らが甘えたところで、誰も咎めはしなかっただろう。
ここで泣いてしまっても、誰もみっともないとは思わなかっただろう。
戦っているのだ。決してきれいごとだけでは済まない戦争を、わずか九つの子供が始めている。
もちろん、それが正しいとは、言わない。傍から見れば、意味のない無謀な戦争だったかも、知れない。
それでも――それでも、彼らがそうして大人たちを睨みつけて生きていることを、馬鹿馬鹿しい、と一笑に付す人間にはなりたくない、と思わなかっただろうか……。
「いい心掛けだね。明日からはおとなしく客を取ることだ」
婆婆はそう言って、部屋の外へと消えて行った。
薄汚れた布だけが、その名残を留めるように、揺れている。
国龍が口を開いたのは、その揺れが止まってからのことだった。
「今夜だ……」
「え? 目が醒めたの、国龍?」
不意のことに、水龍は、ちょこん、と座って、国龍の顔をのぞき込んだ。
「今夜……逃げるんだ……。ナイナイも男たちも……今日はきっと、油断してる……」
国龍の言葉は、確かにその通りだっただろう。怪我をして動けない国龍と、客を取ることに素直にうなずいた水龍が、今夜、逃げ出すとは誰も思ってもいないはずなのだ。
だが――。
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