10 / 51
Runaway 10
しおりを挟む途端に蒸し暑くなり始めた夏の一日、傷の癒えた二人を待っていたのは、客を取る、という仕事だった。
否も応も、ない。
「もう九つなんだから、きっちり働いてもらわないとね」
という婆婆の言葉のままに、風呂場で洗われ、きれいな服を着せられた。
「水龍、おまえは〃初めての子がいい〃という客がいるから、そっちだよ。金もはずんでくれる。――国龍、おまえも初めてだ、と言うんだ。値段が違うからね。なあに、おとなしくしてりゃあ、判りゃしない」
「い……いやだ……っ。今日からだ、なんて言わなかったじゃないかっ。オレも水龍も――」
「言ったら、また逃げ出しただろう?」
「――」
「この土壇場で殴られて傷物にされちゃあ、たまらないからね。――さあ、この二人を連れておいき」
婆婆が言うと、図体のデカイ男たちが、二人を鷲掴みにするようにして、抱え込んだ。
「やだあ――っ! たすけて、国龍!」
「水龍! 水龍を放せ! 水龍に出来っこないんだっ。あんなことされたら、水龍が死んじゃうじゃないか! 水龍は体が弱いんだっ」
先に連れて行かれる水龍を見て、国龍は男の腕の中で暴れ回った。
今日ばかりは男も殴れないと見えて、手足を押さえ付けるだけに留めている。
「おねがいだよ、ナイナイ! 水龍はちょっとムリしただけで、熱を出すんだ。ムリし過ぎたら死ぬかも知れないんだ!」
「心配しなくても、客は丁寧に扱ってくれるさ」
「うそだ! そんなのうそだ!」
「煩い子だね! とっとと連れてお行き」
「いやだあ――――っ! 水龍! 水龍!」
それほど叫んだ日は、後にも先にもなかったに、違いない。国龍にしても、水龍にしても。
そして、どんなに叫んだところで、結果は何も変わらなかった。
国龍が連れて行かれた部屋は、初めての時より、ずっと豪華な部屋だった。ドアもあり、埃臭い匂いも漂っては、いない。ベッドも中国装飾のきれいなもので、右手にはシャワー・ルームさえ備えてあった。
正面には、煙草を銜える背の高い男が立っていた。ここへ来る客には珍しく、形のいいスーツを身に纏う、まだ若い、三十代半ばの男である。怜悧に整った面貌をしている。
だが、男に抱え込まれ、暴れ回る国龍には、そんなことなど何も見えてはいなかった。
「随分、気の強そうな子供だ」
煙草を銜える男が言った。
「え、ええ、まあ……。こらっ、おとなしくしないかっ!」
「いやだあ――っ! 水龍! 水龍!」
口から零れるのは、自らの片割れの名前だけだった。
「――水龍?」
客が、その言葉を聞いて、眉を寄せる。
「ええ、こいつの弟の名前で……。そっちの方も今日が初めてで……」
「なるほど。それでは暴れるのも無理はないな」
「すぐにおとなしくさせますから」
男はそう言い、
「静かにしないかっ。美国へ行きたいんだろ!」
と、少し声を落として、国龍の耳元で咎め立てる。
「いやだあ――っ! 放せっ。放せったら! 水龍が死んじゃうじゃないか!」
「おまえが目の前にしている男は、台湾や美国、この福建の地下では知られた男だ。――解るか? この福建から美国へ船を出している堂口(組織)の人間だ。彼を怒らせたら、おまえは一生、美国行きの船には乗れなくなるぞ」
その言葉に、国龍はバタつかせていた手足を、ピタリ、と止めた。叫びを上げていた喉も閉ざし、目の前の客を、茫と見上げる。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる