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Runaway 8
しおりを挟む「ガキが逃げ出したぞ!」
迷路のような暗い置屋の中を駆け抜ける中、そんな男たちの声が、すぐ後ろに迫っていた。
二人は鶏小屋を突っ切って、裏の路地へと飛び出した。
バタバタバタ、と鶏が派手に羽根を広げて暴れ回る。
「畜生! このクソ鳥がっ!」
男たちの悪態が、耳に届いた。
だが、大人の脚力と腕力は、鶏くらいで怯むものではあり得なかった。すぐに二人の背後へと距離を縮め、幼い子供たちを追い詰めた。
加えて、水龍がハァハァと息を切らし始める。
「はやく来い、水龍!」
国龍は、水龍の腕をつかんで、引っ張った。
疲れていたところに手を引っ張られて、足が縺れたのだろう。
「あ――」
水龍が見事につんのめった。
ズザザ――っ、と派手に地面を擦り、手足と顎を、存分に擦りむく。
もうそれまで、だった。たとえ水龍が転ばなくとも、二人に逃げることなど出来なかっただろう。
「金も稼がず、逃げられるとでも思っていたのかい、坊主? 面倒をみてやった恩も忘れて」
大きな手が、水龍の首根っこをつかみ取る。
猫を扱うような、仕草だった。
「やめろお――っ! 水龍を放せっ!」
国龍は男につかみ掛かった。が、すぐに背後から、別の男に押さえ付けられる。
「放せったらっ! 水龍は体が弱いんだっ」
どれほど暴れようと、男の手が緩むことは、なかった。それだけでなく、パシーン――っ、と凄まじい平手を食らうことになった。
「くぅ――っ!」
衝撃に顔が引きつった。痛みよりも、痺れの方が強かった。
「付け上がるなよ、メスガキが」
「あ……う……ぅ……」
「逃げようとすればどうなるか、たっぷりと教えてやろうじゃないか。二度と逃げる気が起こらなくなるように、な」
その日、二人は死ぬほど、殴られた……。
「――ったく。こんなに殴っちまって。売り物にならなくなっちまうじゃないか」
婆婆の小言はその日に始まったことではなかったが、包帯とガーゼだらけの二人を見てのその小言は、いつもより数段、苦々しいものだった。
「最初にそれくらい叩き込んでおかなきゃ、ガキなんてもんは、いくらでも付け上がっちまうのさ」
殴った男の一人が、言う。
「顔を殴るのはやめとくれ。じきに九つになるんだよ、この二人は」
「逃げなきゃ、殴りゃしねぇさ」
そんな会話は、意識も朦朧とした二人の耳には、届かなかった。指一本動かすことも出来ないほどに痛め付けられ、全身、酷い熱を持っていたのだ。
その熱が引くまでに、数日、かかった。
「ほら、口を開けろよ、水龍」
まだ起き上がることが出来ない水龍に、国龍は欠けた茶碗から、お粥をすくって食べさせてやった。
湯気を立てるその粥は、熱のせいで余計に味のないものになっていたが、今さら文句をつけることも出来ない、いつもの食事である。
水龍が、まだ腫れの残る口を開き、レンゲから流し込まれる粥を、嚥下する。
こんな生活で心が荒まない方が、どうかしていただろう。二人が笑う回数も、減っていた。子供らしくない冷めた瞳に変わっていた、と言ってもいい。
だが、まだ互いの存在があることで、心の一部は救われていたのだ。もし、これが一人で受けた傷なら、とうの昔に人間らしい心など失っていただろう。
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