幸せの椅子【完結】

竹比古

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Runaway 6

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「ほう、この子かい。きれいな子だ」
 男の臭い息が、顔に、かかった。
「さあ、服を脱いで、こっちにおいで」
 嫌悪と恐怖、不安と強がりが入り交じる中、国龍は、言われるままに、服を脱いだ。今日のために着せてもらった、きれいな清代の中国服である。立て襟に紐ボタンのその服は、心地よい肌触りさえ備えている。
 これから何が起きるのかは、こういう状況になっても、まだ一向に解ってはいなかった。多分、女たちのように、体を舐め回されるのだろう、と思っていた。それくらいなら我慢できると思っていたのだ。それに、それだけのことでたくさんのお金がもらえるのなら、一日中、埃や鶏のフンに塗れて働くより、ずっと楽だと思っていた。何より、どうせ九つになったらしなくてはならないのなら、今から始めても同じだ、と思っていたのだ。
「子供はこれくらいの年が一番、愛らしい……。ナイナイもいい子を見つけて来るものだ」
 男は匂いを嗅ぐようにしながら、幼い肌に顔を近づけ、自らの屹立した欲望を、取り出した。吐き気がするほどに醜い色と形をした、肉棒だった。先端は濡れ、饐えた匂いさえ、放っている。
 国龍はあからさまに顔を顰め、居心地の悪さを表すように、キョロキョロと部屋の中を見回した。――といって、何がある、という訳ではない。汚いベッドだけを置いた、狭い部屋なのだ。入り口にもドアはなく、腐った色の布だけが、掛かっている。
 それは、どこの部屋も同じだった。
 つい昨日まで、国龍も、その布の向こうから、水龍と一緒に、客を取る女の姿を覗いていたりしたのだ。あまりの声に、何か化け物でもいるのか、という恐ろしさと、好奇心のためだった。
 だが、いたのは、男と女。
 男の尻の動きだけが滑稽で、水龍が女の悲鳴に脅えているのも構わず、国龍はわりと楽しんで眺めていた。
「この愛らしさ……」
 男の手が、国龍の中心をまさぐり始めた。
 国龍に取っては、たとえ自分のモノでも、愛らしい、という形容詞は思いつかないものである。
 それでも、婆婆に言われた通り、おとなしくしていた。客も何も言わなかったので、その場にずっと、突っ立っていた。
 指が、少し強く、前後に動いた。
「……そんなことしたら、痛い」
 そう言うと、
「ああ、まだ剥きはしないさ」
 男はあっさりと手を放した。そして、こう呟いた。
「どうやら、本当に初めてのようだな。暴れもしない」
 もちろん、国龍には、そんな男の言葉の意味など、解らなかった。
 ベッドにうつ伏せにされても、もう指で弄られずに済む、とホッとしていたのだ。
 だが、その次に起こったことには、体を緩めたままではいられなかった。
 実際には、何が起こったのか、解らなかった。
 体が裂けた、と思ったのが一つ。
 そして、火で体を焼かれた、と思ったのが一つ。
 それから、大量の爆竹を小さな穴の中に押し込まれた、と思ったのが一つ。
 爆竹の火薬が、一気に炸裂したかのような、衝撃だったのだ。
 突然の凄まじいその痛みに、国龍は声すら上げることが出来なかった。
 それから、泣き叫び、哀願し、媚び諂い……思いつくことは、何でもした。
 それでも、男は、笑って、いた……。




 その日、国龍は、もう二度と客は取りたくない、と泣いて婆婆に懇願した……。



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