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見えない手

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「ここにいてくれ。振り返るなよ」
 紗夜が死体を目にすることが無いよう、後ろ向きに立たせ、郡司は一人で死体の方へと足を向けた。
 このまま死体を放っておくわけにはいかないし、救急車や警察を呼ぶにしても、【アルカナ】は回収しておかなくてはならない。もちろん、死亡確認が最優先だが。
 死体はどれも顔面に鬱血が見られ、眼瞼結膜には溢血点と呼ばれる内出血の痕が点在している。
「……絞殺?」
 そうとしか思えない痕跡だった。
 そして、首にも確かに何者かに締め上げられた痕がある。――しかも、片手だけで。
 あり得ないことである。片手だけでやすやすと相手を締め上げて、殺してしまうほどの腕力を持つ人間がいるなど――。普通なら。
 だが、【アルカナ】の力を使えば――。あの小さなウサギが長い穴を掘り続け、コンクリート壁さえ掘り進んだように、強力な破壊力を持たせてくれる【アルカナ】があれば。
 ――なら、これをやってのけたのは、その【アルカナ】を持っていた、アオイなのだろうか?
 いや、そんなはずはない。アオイもここで死んでいる。
 藤堂でも反撃できずに殺されてしまうほどの、屈強な男――。いや、【アルカナ】を使ったのなら、屈強である必要はない。姿を消せるアルカナ【THE HERMIT】と、驚異的な破壊力を持つ【THE TOWER】のアルカナがあれば、誰にでもこれくらいのことは出来たのだ。
 藤堂もアザミも早野も、もう息はなかった。シバもアヤメもアオイもタヌキも男たちも、誰も。
「一体、誰が……」
 茫然と呟きを零した時、背後に何かが乗る気配がした。死体を診るために屈み込んでいた郡司の背中に、である。
 だが、一体、誰が――。郡司の背後には紗夜一人だけしかいなかったのではないのか。
 そう思って振り返ろうとした時、首にまで這い上がったその何かが、凄まじい力で郡司の首を締め上げた。
「ぐっ!」
 声を出そうにも最早適わず、見えない何かを剥がそうと試みたが、それは微塵も揺るがない頑強さで、郡司の首を掴んでいた。
 グイグイと、首に指先がめり込んでいくのが判る。首の骨など、呆気なく折られてしまいそうな力だった。――いや、間もなくそうなるだろう。この恐ろしいほどの力なら――。
 そして、姿の見えないその相手には、体がなかった。もちろん、【アルカナ】を使って姿を消しているのだから、郡司に見えないのは当然なのだが、触れられなくなることはないはずだ。それは、姿を消した六条アヤメのミイラに、タヌキが噛み付けたことでも容易に知り得る。
 相手は体も頭も何もなく、ただ片手があるだけの存在――片手しかこの世に残されていない存在なのだ。
 郡司には、思い当たる人物が一人あった。
 あの時、アヤメに無理やり【THE FOOL】のアルカナを持たされ、そのアルカナに取り込まれてしまうことになった人物、六条アカネ――。ミイラである彼女の乾いた黒い手が、アヤメの力でぽっきりと折れるのを、郡司はこの目で見ていたのだ。
 これは――。今、郡司の首を絞めつけているこの手は、アルカナに取り込まれたミイラ、アカネの怨念――生霊とも呼べるものによって動かされている片手に違いない。彼女の妄執は、こちらに残された片手を動かすほどに、狂気に取り憑かれたものだったのだ。
 そして、彼女がこうしたくなる気持ちも、充分、解った。紗夜にそんな呟きを聞かれたら、「解ってどうするのよ!」と、怒られるに違いないが……。
 ――そうだ、紗夜!
 彼女は背中を向けていて、このアカネの手の、見えない恐怖に気づいていない。
 ――逃げろ……紗夜……!
 もちろん、すでに声は出せなかったが、郡司は首を締め上げる見えない手に抗うのをやめ、危険を告げるために、椅子を倒して音を立てた。
 それが最後の力だった。
 耳元で脛骨の折れる音が高く響き、その刹那に、意識も途絶えた……。

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