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現実世界へ
しおりを挟む紗夜と共に、あの世界に繋がる朝比奈リラの部屋に戻り、郡司は繋いだままの手を放して、目の前の紗夜を抱きしめた。
やっと見つけた、という思いだけが、そこにあった。そして、無事でよかった、という安堵だけが。
他にも何かあったような気がするのだが、思い出せないのでは仕方がない。早野から聞いていたとはいえ、あちらの世界の記憶を持ち帰れないのは、焦燥感ばかりを掻き立てる。
「私……タロットカードを拾って、それからどうしてたんだっけ?」
紗夜もまた郡司と同じ状態のようで……。
突然、見知らぬ部屋に出て来て、郡司に抱きしめられている自分に、紗夜が戸惑うのも無理はない。何しろ紗夜の記憶は、あの日、車に撥ねられた男を見た日から、ぷっつりととぎれてしまっているのだから――。郡司の方も、色々と説明したいのは山々なのだが、今は皆の処に紗夜の無事を伝えに行くのが先だろう。
「紗夜、後で説明するけど、取り敢えず行くところがあるんだ。君が拾ったタロットカードはテレポーテーションが出来る【アルカナ】で、あれを使って――。いや、妊娠中なのに、あのトリップ酔いは禁忌だな」
郡司が言うと、
「あら、私、三半規管が発達してないから、どんなに揺れる船でも平気よ」
ケロッとした顔で、紗夜が言った。
――そうだった。
韓国までクルーズに行った時も、酷い雨風で船が揺れ続けたことがあったが、紗夜はケロッとしていて、全く船酔いしなかった。
「――で、テレポーテーション、って何のこと?」
こっちの説明の方が厄介だ。
「それは後で説明するから、君は一旦、家に戻って――」
――いや、家はもうないんだった。
なら、ここに待たせておくか――。いや、それは出来ない。この朝比奈リラの部屋には、【アルカナ】以上に厄介なものがあるかも知れない。自分が目を離した隙に【THE STAR】のアルカナを拾ってテレポーテーションしてしまったように、また何かに巻き込まれてしまったりしたら……。
「――京都の実家まで送って行くよ」
郡司が言うと、
「実家? どうして?」
「いや、それは追々……」
「今、説明してちょうだい」
紗夜に強く出られると、郡司も説明しない訳にはいかない。そして結局、男が車に撥ねられてからの出来事を、簡単に話して聞かせることになったのである。
「だから、俺は六条家に戻って、皆に君の無事を知らせて来るから――」
「私も行くわ!」
「……」
こうなるともう、郡司に紗夜を止めることは出来ない。
「安定期に入ってからとか……」
少しくらいは足掻いてもみるが、
「早く! テレポーテーションするんでしょ」
結局、押し切られてしまって――。
「……今度は絶対、カードから手を離さないでくれよ」
ポケットの中から【THE STAR】のアルカナを取り出し、情けない声で、郡司は言った。
車に数時間揺られるのとどっちがマシか考えてみたが、これも結局判らなかったので、諦めた。そして、二人で【THE STAR】のアルカナを握り、その表面を撫でようとしたのだが――、
「やっぱり、車にしよう。明確なビジョンを描ける方が撫でてみても、二人が同じ処に行けるのかどうか自信がない」
【WHEEL of FORTUNE】のように、開いた扉を二人で潜るのとは違うのだから――。それに、使用回数の限度も気になるし。
そんな訳で二人はタクシーを拾い、六条邸のある郊外の森へ向かったのだった。
もちろん、そこへ着くまでにはさらに詳しい説明も求められ、郡司はあれこれと話して聞かせたのだが、
「そんなことより、君は別の世界で大丈夫だったのか?」
と、問いかけると、紗夜は、
「そりゃ、この通り――って……。私、どこで何をしてたんだっけ?」
やはり、向こうの世界でのことは、何一つ思い出すことが出来なかったのである……。
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