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能力の代償
しおりを挟む「早く行きなさいよ」
アザミも傍に来て、郡司の背中をせっついた。
藤堂も、
「戻ってきたら、署に直行だぞ。嫁が生きていると判れば、現状は好転するんだからな」
と、背中を叩きに来て――。
紗夜が戻って来る上に、放火殺人の疑いが晴れるのは、郡司も嬉しい。そうすれば仕事にも心置きなく戻れるし。
ちなみに、能力を失くした老人は、そそくさとどこかへ消えていた。
ミイラは可哀そうな結果になったが、【アルカナ】から出て来た老人の能力を無効化するには、誰かが犠牲になるしかなかったのだ。――いや、もしかすると、全てのアルカナを無効化した時、【THE FOOL】に取り込まれた人たちも、解放されるのではないだろうか。
郡司は、その仮説を話してみた。
大アルカナ二二枚、小アルカナ五六枚――その全てを無効にすることが出来たなら――。
「――で、それに協力してくれる人たち――アカネの分を引いて七六人のアテはあるの?」
アザミが目を細めて、問い返して来る。【アルカナ】の力を無効化するには、誰かがその【アルカナ】に取り込まれなくてはならないのだ。
そんな人間、いるはずもない。
「アテはないが……。全ての【アルカナ】と、その人数の協力者が揃えば、数分で済むことなわけだし――」
「それは、【THE FOOL】に取り込まれても解放される、と仮定してのことでしょう? 戻れる保証がないのに、誰が手なんか貸すものですか」
「……」
そう言われては、何も言えない。誰も、自ら進んで、出て来られるかどうか判らない【アルカナ】の中へ取り込まれることに、承諾したりはしないだろうから。
「それでも、お姉さんを助けるには、他に方法はないだろう?」
郡司が言うと、
「はあっ?」
六条家一同、早野やシバも含めて、皆が疑問符を付けて、郡司を見つめた。決して温かい眼差しではない。
「何おめでたいこと言ってるのよ。あなたの家が燃えたのも、撃たれた妊婦が焼け死んだのも、全部アカネがやらせたことなのよ」
――そう言われてみれば、そうだった。
ミイラの体から元の姿に戻るために、アカネは周囲の人間を傷つけて来たのだ。
「これがアカネに相応しい償い方だと思うわよ。法医学者だからって、死体やミイラに肩入れし過ぎじゃないの?」
「……」
死体やミイラに……。
そのアザミの言葉には、フッと自嘲気味に笑ってしまった。自分の職業病は、ついつい人を観察してしまうことだと思っていたのに、まだ他にもあったとは――。しかもそれが死体の味方をしてしまうこと、というのは、笑えてしまう。
「でも、これからも【THE FOOL】の力が必要になって、この中の誰かが取り込まれることになるかも知れない。――そうだろ?」
「依頼料を払うなら、おれがその仕事を受けてやるぞ。朝比奈リラをこっちの世界に連れて来て、おまえの仮説が正しいのかどうか訊き出してやる」
早野が言った。
シバも、
「ワンワン!」
と、同意する。
「あら、楽しそうね、私も混ぜてよ」
このアザミの言葉には、
「ウゥ~っ!」
と、唸り声。
だが、このアザミの言葉が本心であることも解っていた。彼――彼女はずっと、六条家がバラまいた災いを回収するために、【アルカナ】を集めていたのだろうから――。そして、この一件に巻き込まれた郡司と行動を共にすることになって……。
数日間のことだったが、とてつもなく長い時間を奮闘して来たようだった。
「そうだな。紗夜に相談してみる。財布のひもは彼女が握っているんだ」
郡司は二人と一匹に言って、手の中のカードに視線を落とした。
紗夜を連れて戻って来たら、【アルカナ】集めと、その無効化を、彼らに依頼するのも悪くはない。――いや、本当にそうしよう。焼けた家のローンも残っているから、かなり値切らなくてはならないが……。
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