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消えた能力
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アカネの撫でた【アルカナ】の正面には、神秘の力を持つ老人がいた。
だが、彼には何が起こったのか、解らなかったに違いない。
郡司は二人の姿――黒いミイラであるアカネと、次女のアヤメの姿を見ていたが、異変が起こったのは、その二人の方ではなく、向かいに立つ老人の方だった。
老人が――他人の脳に干渉できる能力を持つ老人が、アカネがアルカナを擦った刹那、不意に、一回り小さくなったように感じたのだ。――いや、実際にそうなっていたのかどうかは判らないが、アヤメが高慢な嘲笑を浮かべ、
「やったわ……! これでもうあいつはただの老いぼれよ!」
そう言って老人を笑った時、誰もが視線を置き換えた。
老人は何のことか解らない様子で訝っていたが、すぐに ハッとした様子で、ミイラの手の中のアルカナを見た。もちろん、詳細な絵柄までは見て取れないだろうが、それが治癒能力を持つ【THE SUN】のアルカナでないことは判ったのだろう。何しろ、アカネ自身がミイラの姿まま、少しも癒されてはいなかったのだから。
「貴様……!」
と、アヤメの顔を睨みつける。
そして、次の刹那にそれは起こった。ミイラの姿が周囲からぼやけるように消え始め、
「たひゅへ(助け)――」
言葉も半ばに、空間に溶け込むように消え去ったのだ。
「何だ? 何がどうなったんだ?」
藤堂が、訳が分からない様子で訊いて来る。それはそうだろう。彼は、アヤメが郡司の手から何のカードを持って行ったのかも知らないのだから。
それに応える形になったのは、この言葉だった。
「おまえ……【THE FOOL】をミイラに使わせたな?」
老人が言った。
【THE FOOL】――全ての【アルカナ】を無効にできる切り札である。その切り札は、老人の能力を消し去るだけでなく、ミイラであるアカネの体を【アルカナ】の中に取り込んだのだ。
「今まで散々、アルカナの力を盾に脅されて来たのよ。私たちを縛り付けていた【THE DEVIL】が使えなくなったのなら、こうされるのは当然でしょ」
アヤメの言い分にも理解できる部分はあるが、それでも姉妹なら――と思わずにはいられない。――いや、姉妹だからこそ、許せない支配であったのだろうか。悪魔のアルカナが使えなくなったこの機会に、と考えるほどに――。
「アヤメお姉さま、ナ~イスっ! 私は別にこの人たちの誰かでもよかったんだけど」
と、末妹のアオイも拍手を贈る。
『この人たち』とは、もちろん、郡司と藤堂とアザミ(本名アサギリ)の男三人――アオイに言わせると悪臭を放つ男三人、のことである。
「おまえら――」
藤堂が怒りに口を開きかけるが、
「アオイ、もしかして【THE SUN】もあんたが持ってるんじゃないでしょうね?」
アザミが妹を睨みつける。
「ふふ」
と、不敵な笑みが、零れ落ちた。
今後も、六条家の姉妹紛争は終わりそうにない気配だった。――となると、透視能力のアルカナを持つアオイが、今度は優位に立つのだろうか。――いや、それは今は郡司が持っている。
そんな訳で、郡司がハラハラする思いで突っ立っていると、
「巻き込まれただけのあんたが気にすることでもないだろ」
シバを撫でながら、早野が言った。こちらは六条家のお家騒動など興味がないように、久々の相棒とのコミュニケーションを楽しんでいる。
「――ホラ、早く行けよ。嫁のことが心配なんだろ?」
「ワンワン!」
シバまでケツを蹴る始末。
「俺がアルカナを使うと、またあんな能力者が出てくるかも知れないのに?」
「嫁のことを諦めるのか?」
「まさか!」
郡司は即座に首を振った。
結局、自分も、どんなに周囲を巻き込もうと、危険を冒してまで我を通そうとする人間なのだ。六条家の姉妹たちと同じに――。
だが、彼には何が起こったのか、解らなかったに違いない。
郡司は二人の姿――黒いミイラであるアカネと、次女のアヤメの姿を見ていたが、異変が起こったのは、その二人の方ではなく、向かいに立つ老人の方だった。
老人が――他人の脳に干渉できる能力を持つ老人が、アカネがアルカナを擦った刹那、不意に、一回り小さくなったように感じたのだ。――いや、実際にそうなっていたのかどうかは判らないが、アヤメが高慢な嘲笑を浮かべ、
「やったわ……! これでもうあいつはただの老いぼれよ!」
そう言って老人を笑った時、誰もが視線を置き換えた。
老人は何のことか解らない様子で訝っていたが、すぐに ハッとした様子で、ミイラの手の中のアルカナを見た。もちろん、詳細な絵柄までは見て取れないだろうが、それが治癒能力を持つ【THE SUN】のアルカナでないことは判ったのだろう。何しろ、アカネ自身がミイラの姿まま、少しも癒されてはいなかったのだから。
「貴様……!」
と、アヤメの顔を睨みつける。
そして、次の刹那にそれは起こった。ミイラの姿が周囲からぼやけるように消え始め、
「たひゅへ(助け)――」
言葉も半ばに、空間に溶け込むように消え去ったのだ。
「何だ? 何がどうなったんだ?」
藤堂が、訳が分からない様子で訊いて来る。それはそうだろう。彼は、アヤメが郡司の手から何のカードを持って行ったのかも知らないのだから。
それに応える形になったのは、この言葉だった。
「おまえ……【THE FOOL】をミイラに使わせたな?」
老人が言った。
【THE FOOL】――全ての【アルカナ】を無効にできる切り札である。その切り札は、老人の能力を消し去るだけでなく、ミイラであるアカネの体を【アルカナ】の中に取り込んだのだ。
「今まで散々、アルカナの力を盾に脅されて来たのよ。私たちを縛り付けていた【THE DEVIL】が使えなくなったのなら、こうされるのは当然でしょ」
アヤメの言い分にも理解できる部分はあるが、それでも姉妹なら――と思わずにはいられない。――いや、姉妹だからこそ、許せない支配であったのだろうか。悪魔のアルカナが使えなくなったこの機会に、と考えるほどに――。
「アヤメお姉さま、ナ~イスっ! 私は別にこの人たちの誰かでもよかったんだけど」
と、末妹のアオイも拍手を贈る。
『この人たち』とは、もちろん、郡司と藤堂とアザミ(本名アサギリ)の男三人――アオイに言わせると悪臭を放つ男三人、のことである。
「おまえら――」
藤堂が怒りに口を開きかけるが、
「アオイ、もしかして【THE SUN】もあんたが持ってるんじゃないでしょうね?」
アザミが妹を睨みつける。
「ふふ」
と、不敵な笑みが、零れ落ちた。
今後も、六条家の姉妹紛争は終わりそうにない気配だった。――となると、透視能力のアルカナを持つアオイが、今度は優位に立つのだろうか。――いや、それは今は郡司が持っている。
そんな訳で、郡司がハラハラする思いで突っ立っていると、
「巻き込まれただけのあんたが気にすることでもないだろ」
シバを撫でながら、早野が言った。こちらは六条家のお家騒動など興味がないように、久々の相棒とのコミュニケーションを楽しんでいる。
「――ホラ、早く行けよ。嫁のことが心配なんだろ?」
「ワンワン!」
シバまでケツを蹴る始末。
「俺がアルカナを使うと、またあんな能力者が出てくるかも知れないのに?」
「嫁のことを諦めるのか?」
「まさか!」
郡司は即座に首を振った。
結局、自分も、どんなに周囲を巻き込もうと、危険を冒してまで我を通そうとする人間なのだ。六条家の姉妹たちと同じに――。
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