58 / 70
アルカナを使う時
しおりを挟む「何が目的なんだ?」
能力者たる老人を前に、早野が訊いた。
ふと、猛獣に話しかけるターザンや、怯える小動物に手を差しのべる心優しい少女の姿が脳裏を過った。
最初から、こうして訊いてみればよかったのかも知れない。
死体には色々訊いて観察し、そこに残された痕跡を探るために懸命になるのに、こと自分たちとは違った能力を持つ者には、『別の生き物』として何も訊くことをしないなど、愚行にも程がある。
「全ての【アルカナ】を、わしに寄越せ。そうすればおまえたちを生かして使役してやろう」
「……」
あまり良い方向に状況が変わったとは、到底言えない……。生かして、というのは、脳を支配せず、意思を残したままで、ということなのか、その辺りは少しマシになったと言えるだろうが。
だが、今、この老人に全ての【アルカナ】を渡してしまったら、もう二度と紗夜がいる場所へ行くことが出来なくなるかも知れない。
――やはり、早野が言ったように、今のうちに【アルカナ】を使って、紗夜の処へ行くべきなのだろうか。
もし、郡司がそうした時、この場に残された藤堂やアザミ、シバや早野はどうなるのだろう。タヌキも――。恐らく、無事ではいられまい。
「解ったわ」
そう応えたのは、意外なことに六条家の次女、アヤメだった。皆が一様に驚くのも構わず、
「でも少しだけ待ってほしいの。【THE SUN】の治癒能力を使って、アカネお姉さまを元の体に戻してあげてから――。それくらいのことはいいでしょう?」
と、殊勝な言葉を口にする。
無論、郡司は、『やはり、どれだけ喧嘩をしていても、兄弟姉妹というのはいいものだな』と、こんなところでも感動していた。――というか、【THE SUN】のアルカナはアヤメが持っていたのか、とその矛盾に違和感も感じていた。持っていたのなら、すぐに癒してやればよかったのに、と――。
「ふんっ、別にどうでもいいが――。そのミイラがどんな姿になるのか見てみるのも一興だな」
老人の言葉に、アヤメはもちろん、ミイラであるアカネも喜んでいるように見えた。それはそうだろう。誰だって、そんな恐ろし気なミイラの姿でいたくはあるまい。元に戻れるのなら、どれほど悦ばしいことか。
「良かった! じゃあ――」
と言って、アヤメが郡司の方に歩いて来る。
――え?
と思ったが、
「【アルカナ】を渡してちょうだい」
アヤメは当然のように、郡司が持つアルカナを要求した。
今、郡司の手元にあるアルカナは、さっき早野から渡された【THE STAR】と【WHEEL of FORTUNE】、幻覚を見せる【THE MOON】のアルカナと、あとは……。
「ありがとう。これでお姉さまを治してあげられるわ」
「え――」
戸惑う郡司に、アヤメの軽いウインクが瞬く。
――何か考えがあるのだろうか。
アヤメが持って行ったアルカナを不審に思いながらも、ウインクの意味を考えて、郡司はそのまま口を閉じた。
アヤメは何も言わずに、ミイラの姿の姉の元へと歩いて行く。何か考えがあったとしても、敵の前で手の内を明かすことは出来ないに違いない。
「私たち姉妹の中で、一番の器量良しだったアカネお姉さま。安心して。すぐに元の姿に戻れるわ」
アヤメが、タヌキに咬まれて地面に崩れているアカネの傍に屈み込む。そして、アルカナを差し出し、掴ませた。
ほんの刹那のことだった。アカネが何かを言いかけるのも構わずに、アヤメはもう一方の手を掴み取り、アカネにカードの表面を撫でさせた。
「あひゃめ――」
抵抗しようとした乾いた手が、それも空しく、ポキっと折れた。黒く干からびたミイラの手は、それほどに脆いものだったのだ。
「さようなら、お姉さま」
アヤメの唇の端が、持ち上がった……。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。




魔女の虚像
睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。
彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。
事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。
●エブリスタにも掲載しています
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる