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 郡司たち一行と会う前に、不死身のアルカナ【THE WORLD】を使っていたのだろう。頭の陥没が戻ると同時に、ミイラの意識も甦った。
 そして、恐ろしいことに、バフォメットの如き老人は、再びその脳天に、自らのこぶしを埋め込んだのである。
 グシャリ、と先ほどと同じ音がする。
 また、ミイラの命が奪われた。
 そして、蘇生。
 不死身である今のミイラは、蘇生と死を繰り返し、郡司たちの目の前で、何度も何度も殺され続けた。その度に耳に届く『グシャリ』という陥没音は、吐き気を催すほどに、耳から離れず残っている。
 それでも、誰もが何も出来ずに立ち尽くしていたのだ。目の前にいる老人が、あの不思議な【アルカナ】の中から出て来た得体の知れないモノであり、躊躇なく人を(ミイラを)殺すことに、これまでにない恐怖を感じていた。
 いや、こんな職業病の観察ばかりをしていてはいけないことも解っている。
「や、やめろ――っ!」
 郡司は、殺され続けるミイラを見て、やっとのことで声を上げた。
 ミイラを砕く老人の手が、そこで止まる。
「オレに任せておけ、郡司!」
 頼もしい藤堂の声――。ここは、彼がいくら本気で暴れても咎められることのない館の中なのだから、安心して息もつける。
 だが――。
「ほう。脳へ干渉できる能力は、このわしのもの――。おまえは単純そうで操るのも楽だろう」
 ニヤリ、と笑って、老人が言った。
 ――マズイ
 藤堂の脳が操られては、ここにいる者たちの命はない。
 だが、それが判っているからと言って、郡司に何が出来るというのだろうか。
 皴に囲まれた老人の目が、藤堂の目を素早く捕える。
「逃げろ、藤堂!」
 果たして、そんなことが役に立つのかどうか――。自分で言っていても馬鹿馬鹿しいくらいだったが、何か言わずにはいられなかったのだ。
 藤堂がゆっくりと振り返り、老人ではなく、郡司たちを視界に入れる。その目は、漲る闘志を見せるでもなく、当然のことのように目の前の郡司たちを攻撃対象とした。すでに脳を操られているのだ。
「嘘でしょぉ……」
「ワンワン!」
「おい、よせ、藤堂。――目を醒ませ!」
 そんな三人の声を無視して、藤堂がこぶしを振り上げる。
 老人は、ミイラの頭を撫でながら、ひぃひぃと面白そうに笑って、それを見ていた。
 時間はそれほどかからなかった。六人の男たちをあっという間に倒した藤堂である。インドア派の郡司と、靴擦れのオカマ、少しは出来る野良犬を相手に、手こずることもない。
 床の上には、一撃で倒された二人と一匹の姿があった。
 まるで、あの死神の【アルカナ】が見せた光景のように――。
「さて、おまえたちはどうしてやろうか?」
 老人の視線が、椅子から立ち上がって逃げようとしているアヤメと、男たちに向いた。
「私の【アルカナ】はこれで全部よ……!」
 アヤメが手持ちのアルカナを放り出して、後ろ手にドアのノブを握りしめる。
 男たちもそれに倣って、持たせてもらっていた【アルカナ】を置いた。
 第一、そんなものを持ち続けていては、ミイラと同じ目に遭うかも知れない。使い続けた愚か者――と言うからには、一定回数その能力を使うと、封じられていた能力者が【アルカナ】の中から現れてしまうらしいのだから。しかも、あと何回で現れるのか、その回数さえ判らない。危なくて、今後使おうという気も起らない。その中で、選りによって、脳に干渉できる【アルカナ】の本体が現れてしまうことになるなど……。
 せめて、癒しのアルカナである【THE SUN】や、危険が及ばない類のアルカナであったのなら……。いや、使用回数が問題なら、ミイラは【THE DEVIL】を一番多用し、周囲の人間を操り、恐怖で支配してきたのだから、今回のことは当然の成り行きであったと言えるのだろう。
「フン。どうやら、わしらがいた場所ではないようだが、時と共に全ては移ろい、変わるものだ。おまえたちを消せば、好き放題に動き回れる……」


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