53 / 70
アルカナの落とし穴
しおりを挟む
ミイラの眼窩は、アザミを見ていた。
――まさか、アザミの手から、【DEATH】のアルカナを奪うために?
アザミの脳を操ろうとしている――。
郡司は、脳裏をかすめたその考えに、止めようと足を踏み出した――のだが、ミイラがカードを擦るのには、ほんの一秒もかからない。
真っ黒に乾いたミイラの手が、悪魔の描かれたアルカナを撫でる。
藤堂も、郡司と同じ考えに至ったのか、同様に足を踏み出していた。
だが、止めることが出来ないのも同じである。すでにアザミの脳内には、ミイラの干渉があるに違いない。
誰もがそう思い、アザミの次の言葉を待っていた。
だが――、
「あら、変ねぇ。私が支配されるのかと思ったのに」
何ら変わりない様子で、アザミが言った。
「何ともないのか?」
郡司も藤堂も、腑に落ちないのは、アザミと同じ。
そして、一番驚いていたのは……。
「まひゃか……!」
アルカナを擦ったミイラ自身――。
手の中のアルカナは、確かに他人の脳に干渉できる【THE DEVIL】のカードである。それなのに、何の神秘ももたらさないのだ。
――いや。
空間の一部が歪ゆがむように、【THE DEVIL】のアルカナの周囲の屈折率が変わった。まるで、アルカナの中から何かが滲み出すように、ゆらゆらと空間の歪ひずみが広がって行く。
「何だ?」
「何が起こったんだ?」
誰もが、目の前で起こる奇異な現象に、訳が分からず戸惑っていた。
アルカナの中から滲み出した何かは、すでに人ほどの大きさになっている。空間の歪みのようなその現象は、誰もが動けずにいる内に、歪みを正して人の姿を明確にした。
もしかするとそれは、アザミが脳を操作されるよりも、危険なことだったかも知れない。
「やっと出られたか」
アルカナの中から出て来たとしか思えない老人は言った。――いや、老人ではあるが、弱弱しい感じは全くない。むしろ、上半身裸で、下半身だけ履物を身に付けているその姿は、エリファス・レヴィが描いたバフォメットのように禍々しくさえある。ヤギの角や黒い翼があるわけではなかったが、善いものではあり得ない何かを感じさせた。
「なんひゃい、ほまへは……!」
ミイラが言うと、
「ほう。おまえが欲深く【THE DEVIL】を使い続けた愚か者か」
現れた老人は、ボキボキと指を鳴らして、車椅子のミイラを見下ろした。どう見ても友好的な態度ではない。それに――。
――使い続けた愚か者……?
その言葉の方が、今の郡司には気になっていた。
「礼だ。受け取れ」
老人の腕が持ち上がり、ミイラの頭上に振り下ろされた。それは、予期せぬ出来事でもあり、誰もが動けないままに、ミイラの頭がグシャリと音を立てて陥没するのを眺めていた。
「ひっ」
誰かが悲鳴を上げたが、郡司は声を上げることすら出来なかった。恐ろしいほどに鼓動が速まり、嫌な汗が噴き出していた。そして、頭の中には、死神が見せた全員の死の場面が甦っていた。
ドスン、と通訳の男が腰を抜かし、ミイラの脇に尻もちをつく。
「ちょっとぉ、聞いてないんだけど、こんなこと……」
アザミの小さな呟きが耳に届いた。
離れた椅子では、アヤメが自分の手持ちのカードを確かめるように、片手をポケットに差し込んでいる。
藤堂は、と言えば、今にも腕まくりをして飛び掛かりそうな雰囲気で、シバにズボンの裾を引っ張られている。
そして、ミイラの陥没した頭が元に戻った。
――まさか、アザミの手から、【DEATH】のアルカナを奪うために?
アザミの脳を操ろうとしている――。
郡司は、脳裏をかすめたその考えに、止めようと足を踏み出した――のだが、ミイラがカードを擦るのには、ほんの一秒もかからない。
真っ黒に乾いたミイラの手が、悪魔の描かれたアルカナを撫でる。
藤堂も、郡司と同じ考えに至ったのか、同様に足を踏み出していた。
だが、止めることが出来ないのも同じである。すでにアザミの脳内には、ミイラの干渉があるに違いない。
誰もがそう思い、アザミの次の言葉を待っていた。
だが――、
「あら、変ねぇ。私が支配されるのかと思ったのに」
何ら変わりない様子で、アザミが言った。
「何ともないのか?」
郡司も藤堂も、腑に落ちないのは、アザミと同じ。
そして、一番驚いていたのは……。
「まひゃか……!」
アルカナを擦ったミイラ自身――。
手の中のアルカナは、確かに他人の脳に干渉できる【THE DEVIL】のカードである。それなのに、何の神秘ももたらさないのだ。
――いや。
空間の一部が歪ゆがむように、【THE DEVIL】のアルカナの周囲の屈折率が変わった。まるで、アルカナの中から何かが滲み出すように、ゆらゆらと空間の歪ひずみが広がって行く。
「何だ?」
「何が起こったんだ?」
誰もが、目の前で起こる奇異な現象に、訳が分からず戸惑っていた。
アルカナの中から滲み出した何かは、すでに人ほどの大きさになっている。空間の歪みのようなその現象は、誰もが動けずにいる内に、歪みを正して人の姿を明確にした。
もしかするとそれは、アザミが脳を操作されるよりも、危険なことだったかも知れない。
「やっと出られたか」
アルカナの中から出て来たとしか思えない老人は言った。――いや、老人ではあるが、弱弱しい感じは全くない。むしろ、上半身裸で、下半身だけ履物を身に付けているその姿は、エリファス・レヴィが描いたバフォメットのように禍々しくさえある。ヤギの角や黒い翼があるわけではなかったが、善いものではあり得ない何かを感じさせた。
「なんひゃい、ほまへは……!」
ミイラが言うと、
「ほう。おまえが欲深く【THE DEVIL】を使い続けた愚か者か」
現れた老人は、ボキボキと指を鳴らして、車椅子のミイラを見下ろした。どう見ても友好的な態度ではない。それに――。
――使い続けた愚か者……?
その言葉の方が、今の郡司には気になっていた。
「礼だ。受け取れ」
老人の腕が持ち上がり、ミイラの頭上に振り下ろされた。それは、予期せぬ出来事でもあり、誰もが動けないままに、ミイラの頭がグシャリと音を立てて陥没するのを眺めていた。
「ひっ」
誰かが悲鳴を上げたが、郡司は声を上げることすら出来なかった。恐ろしいほどに鼓動が速まり、嫌な汗が噴き出していた。そして、頭の中には、死神が見せた全員の死の場面が甦っていた。
ドスン、と通訳の男が腰を抜かし、ミイラの脇に尻もちをつく。
「ちょっとぉ、聞いてないんだけど、こんなこと……」
アザミの小さな呟きが耳に届いた。
離れた椅子では、アヤメが自分の手持ちのカードを確かめるように、片手をポケットに差し込んでいる。
藤堂は、と言えば、今にも腕まくりをして飛び掛かりそうな雰囲気で、シバにズボンの裾を引っ張られている。
そして、ミイラの陥没した頭が元に戻った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました
竹比古
恋愛
今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。
男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。
わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。
司は一体、何者なのか。
司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。
失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。
柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。
謎ばかりが増え続ける。
そして、全てが明らかになった時……。
※以前に他サイトで掲載していたものです。
※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。
※表紙画:フリーイラストの加工です。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
後宮の系譜
つくも茄子
キャラ文芸
故内大臣の姫君。
御年十八歳の姫は何故か五節の舞姫に選ばれ、その舞を気に入った帝から内裏への出仕を命じられた。
妃ではなく、尚侍として。
最高位とはいえ、女官。
ただし、帝の寵愛を得る可能性の高い地位。
さまざまな思惑が渦巻く後宮を舞台に女たちの争いが今、始まろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる