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タヌキの叫び
しおりを挟む幻覚から目を醒まそうとする郡司の様子を、陰から見張っていた二人の男が、
「おい、捕まえるぞ」
と、互いに目配せをして、郡司の背後に歩み寄る。六条家に雇われている――もしくは支配されている男たちである。
「おおっ、まだいたか!」
嬉々とした声を上げて、茂みの向こうから飛び出してきたのは――、
「……藤堂!」
果たして、郡司の言葉は声になっていたかどうか。
今にも捕らわれんとする郡司の前に、救世主のごとく現れたのは、ゴツイ体躯の刑事だった。
一人の男が数メートルも吹き飛ばされるのを見て、その後すぐに、向かって行った男が、藤堂のデカイ足に文字通り足止めされ、地面にめり込むほどに踏みつけられるのを、郡司は呆然と眺めていた。
「クソォ、まだ足りねぇぞっ!」
そんな藤堂の悪態も……。
警官や刑事の色々な武勇伝や、常軌を逸した逸話は何度か耳にしたことがあるが、今ならその全てが真実であったのだろう、と納得できる。まさにそんな気分だった。
「オレを呼ぶくらいなら、勝手にはぐれるなよ」
藤堂に言われ、
「あ……ああ」
郡司は、それだけを返すのが精いっぱいだった。――が、すぐに、
「幻を見せられたんだ! どちらかの男が幻覚を見せる【アルカナ】を持っているはずだ」
と、正気に返る。
「ん? ああ、カードか。――そういや、向こうの連中の体も、おまえが呼ぶから調べ損なった」
藤堂がそう言ったところへ、
「ぎゅおぉぉ」
と、タヌキがくぐもった声を上げて、顔を出した。その口には、二枚の【アルカナ】が銜えられている。
「おお。タヌ公、でかした!」
郡司よりも『使える奴』、とでも言うように、藤堂がタヌキを褒め称える。
郡司はちょっと面白くなかったが、黙って男たちの体を調べ始めた。とにかく、仕事の真似事のようなことをしていれば落ち着くのだから。
考えてみれば、自分は何と特徴のない普通の人間なのだろうか、と思ってしまう。藤堂のような腕力も持っていないし、アザミのような個性(?)もない。このタヌキにだって、どこかユーモラスな雰囲気があるのに――ましてや、あのミイラは強烈だったし――。
いつも他人の観察ばかりしていたせいか、ふと我に返って自分のことを考えてみると、郡司は自分が何とつまらない人間なのだろうか、と思わずにはいられなかった。
紗夜は、こんな郡司の一体どこが良くて結婚してくれたのだか……。第一、郡司は自分に好意を寄せてくれている人と話をするのが苦手で(言い間違いではない。自分を嫌っている人ではなく、自分に好意を寄せてくれている人が苦手なのである)、何と応えていいのかわからなくて、つい遠回りをして避けてしまう。――で、大抵、そのまま遠ざかって行ってしまうのだが。
紗夜は、違った。つい話をするのを避けて、仕事が忙しいフリをしてあれこれ観察し始める郡司に――恋の話など何より苦手な郡司に、怯むことなくぶつかって来て、何だか訳が分からない内に押し倒されてしまった。
そして、それで充分幸せだった、
そんな大した特徴もないフツーの人間の元に、こんな災難が降りかかって来るなど、あの時は微塵も考えはしなかった……。
「これか」
太陽にも見えるそのアルカナには、【ⅩⅧ】のローマ数字と【THE MOON】の文字が書かれていた。月に向かって吠える犬と狼、水辺から這い上がろうとしているザリガニ、遥か彼方まで続く一本道――。相手に幻を見せることが出来る【月】のアルカナである。
そして、タヌキが持ってきた二枚のアルカナは、【STRENGTH】と【THE HANGED MAN】
どんな神秘の力が秘められたものなのかは、後で天秤宮の【JUSTICE】のサイトを開いて確認してみなくてはならない。もうメンテナンスが終わっているといいのだが……。
そんなことを考えていた時――、
「ぎゅえぇぇぇ――っ!」
と、タヌキが叫びを上げた!
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