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三度の飯より好物

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 道案内のタヌキとは違う方向に、どんどん一人で歩いて行く郡司の姿は、あっという間に樹々の向こうへ消えてしまった。
 藤堂とタヌキも後を追おうとしたのだが、郡司の姿が離れていくことを知った時には、もう姿は生い茂る緑に隠されてしまうところだったのだ。
「おい、郡司――! 勝手にどこに行くつもりだ!」
 そんな藤堂の叫びも空しく……。
 しかも、傍らのタヌキとは、【アルカナ】がないため話も出来ない。
「ぎゅうぅ。ぎゅおぉぉ」
 と、これまで知ることのなかったタヌキの鳴き声を聞くことは出来たのだが、何を言っているのだか、さっぱりで……。
 いや、【アルカナ】を持っていたとしても、ちゃんと聞き取ることが出来たかどうかは、怪しいものだったが。
「どうする? マズイよな、これは?」
「ぎゅおぉ」
「オカマのところに戻るか?」
「ぎゅお」
「……。タヌキに相談してる場合じゃないよな」
「ぎょおおおおぉえぇぇぇっ!」
 言葉は通じなくとも、相手が友好的でない言葉を口にした雰囲気は伝わるようで……。
「解った、解った、オレが悪かった」
 そう藤堂が謝った時、不穏な気配が周囲を囲んだ。一人や二人ではない。きっと、郡司が突然はぐれ始めた時から、三人――二人と一匹の後を付けていたのだろう。――いや、郡司一人を引き離し、何かを仕掛ける機会を狙っていたのかも知れない。
「おい、タヌキ、離れていろ。邪魔だ」
 通じるか通じないかは別として、藤堂はタヌキにそう言ってから、周囲の気配に身構えた。
 あの時の虫を操る連中なら、拳銃を所持している可能性が高いし、また虫を使って攻撃されるかも知れない。
 その前に――。
 藤堂は先手必勝とばかりに走り出し、人影の動いた茂みの向こうに突っ込んだ。
「うわっ!」
 相手が度肝を抜かれている内に蹴りを入れ、まず一人目を気絶させる。そのデカイ図体から繰り出される凄まじい勢いの足蹴りは、一蹴で相手の意識を奪えるものだったのだ。
 途端に、そこかしこの木の陰、茂みの裏から、隠れていた者たちの気配が露わになった。
「かかれ――!」
 五人――いや、六人である。
 自慢ではないが、藤堂は署内でも自慢の腕っぷしの強さである。チンピラなどは一発でのせるし、有り余った力を発散するには、荒っぽい輩を相手に立ち回るのが一番のストレス解消になる。そういう腕力人間なのだ。
 ただ、警官であるがために、人目がある処では思いっきり暴れることが出来ないし、一般人が巻き込まれてしまうような場面――郡司と一緒にいて捕まってしまったような場面では、一般人の安全を優先しなくてはならないため、自分のストレス解消を優先させるわけにはいかないのが現実なのだ。
 やくざの出入りでの乱闘や、暴力団との遠慮の要らない取っ組み合いは、三度の飯より好物である。
 そんな訳で――、
「ほら、もう一人――!」
 と、飛び蹴りを食らわせ、後ろに近づいてきたもう一人を、振り返りざまに殴り倒す。
 どんな相手を倒すのにも、二発目が必要になることは、まずなかった。
 右側から飛び出した男に肘を食らわせ、隣りのもう一人にこぶしを突き出す。
 誰もが呆気ないほど簡単に、地面に倒れた。それは、残りの二人を倒す時も同様で、風が唸るほどの蹴りをお見舞いして一人を吹き飛ばすと、残った一人は躊躇した瞬間に、藤堂のこぶしを顔面に食い込ませて、鼻の折れる音を聞いていた。
「ちっ。力を入れ過ぎたか。もうちょっと手ごたえがあるかと思っていたのに」
 と、あっという間に終わってしまったストレス解消の場に、もの足りなさを零す。
 枯れ葉の上にのされた男たちは、完全に伸びていて――。
「ぎゅおぉぉぉえぇぇぇっ」
 タヌキもやたらと興奮している。
「――あ、そうか。もしかしたら何かのカードを持っているかも知れないな」
 藤堂は男たちの体を調べ始めた。
 遠くから、藤堂を呼ぶ郡司の声が届いたのは、その時だった。

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