付喪螺旋－TUKUMO‐SPIRAL § ライト伝奇 § 【シリーズ１完結】

お使いタヌキ

「ごよう、すんだ。ごはん、もらう」
　ウサギは片言で呟いて、早々に穴の中へと消えて行った。
　残るは一匹のタヌキであるが、
「おーめぇ、『ぐーじ』めぇめぇじぃか？」
　ちょっと【アルカナ】の調子が悪いのか、言っていることがよく解らない。名前を呼ばれたらしいことは解るのだが。
「あー、このタヌちゃんねぇ、【Two of Wands】を使っても、ちょっと通訳がいるのよ……。シバちゃんに聞いてね」
　どうやら、アザミが手に持っているもう一枚のアルカナは、タヌキ（限定）と話せるアルカナのようで、それを再びシバに渡すと、
「おまえがメッセージを送った郡司か――って言ってるんじゃないか？」
　と、しばし考えての、心強い言葉。
「じゃあ、君は天秤宮の【JUSTICE】のペット――友人……？」
「ごーはん、くぅれ。このてめぇ、はーなしぃ」
「……」
　さっきのウサギの方が、片言だがもっと言葉がうまかったような気がする……。
　だが、穴の中ならともかく、地上では鴉やトンビに襲われてしまう危険があるから、ここからの案内は、多少言葉は通じにくくても、一応、話が出来るタヌキにバトンタッチなのかも知れない。
「メシもらって、ジャスティスの話を引き受けた、ってことだろ」
　またもや、シバの通訳に大助かり。
　まるで、御館様の言葉を通訳するあの男のようだが、あれは通訳というより、周囲の者の脳を操作して、自分の言葉を喋らせているのだから、自らの経験からタヌキの言葉を推察しているシバとは話が違う。
「おぅめぇ、むしにぃにおう。きがえぇしろ」
「虫？　――そうか！」
　人間に郡司を追いかけることが適わなくとも、虫は郡司に付けられた何らかの匂いを追って、館の連中に郡司の居場所を伝えることが出来るのだ。
「シャワーと新しい服が必要ねぇ。大丈夫、私がきれいに洗って、着替えさせてあげるわぁっ」
　何やら不気味なフェロモンをまき散らすアザミの目が、上目遣いに郡司を見上げる。
「いや……服だけ買ってきてもらえれば、シャワーは自分で……」
「男同士なんだから、恥ずかしがることないでしょ」
　普段は乙女と言い張っているが、こういうときは男に戻っても構わないらしい。
「おい、グズグズしてると追手が来るんじゃないのか？」
　シバの冷静な言葉に、一同は館を囲む森の近くに止められた車の元に走ったのだが――、
「俺の車が、ボロボロ……！」
「大丈夫、まだ走るわよ」
「……」
　そんな太鼓判を押されても、嬉しくない。
　郡司は、ボロボロになった側面のドアに溜息をつき、本当に何もかも失くそうとしている自分の運命に項垂れた。
　そして、
「ごーはん、ごーはん」
　タヌキや犬を連れて入れるホテルはないに違いない。――いや、
「ラブホしか仕方がないわよねぇ。うふふ。動物連れなんですものっ」
　ハンドルを握るアザミが、思わず聞こえなかったフリをしたくなるような笑みを見せる。
　こうして一同は朝っぱらから、
「私に任せて」
　と、アザミが言う、充実した時間を過ごせるラブホテルへ向かったのであった。
「い、いや、別に充実して過ごせなくても……」
「ごーはん、ごーはん」
「おれもなんか腹減ったな」
「うふふ。ホテル、ホテル」
　それぞれの思惑はともかくとして、
「――そういや、藤堂の奴も、虫寄せの匂いが付いたままの背広を着てるんじゃないかな……」
　あのゴツイ男が、毎日お洒落にスーツを変えて出勤しているとは思えない。――ということで、藤堂にも連絡をすることになったのだが……。