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時間の長さを変えるアルカナ
しおりを挟む当時、ミイラ――御館様は、【THE STAR】以外の多くの【アルカナ】を持っていた。
だが、ある日、早野勝也――負けの勝が現れて、御館様を殺して、切り札の大半を奪って行ったのだという。
御館様は事前に不死身のアルカナ、【THE WORLD】を使っていたため、ほどなく蘇生したが、カツが時間の長さを変えることが出来る女帝のアルカナ、【THE EMPRESS】を使って時間稼ぎをして逃げたため、甦った時、二人の間にはすでに数カ月の時間の開きが生じていた。恐らく、御館様の時間進行は『三カ月以上=通常の時間進行数秒』というような時間比で設定されていたのではないだろうか。対象者以外の時間は数秒しか経っていなくとも(カツが部屋の外へ逃げるには、それだけの時間で充分だ)、御館様にはその数秒が三カ月以上という時間に置き替えられていたに違いない。
だからこそ、空調の整えられた部屋で、長期間生命活動を奪われていた御館様は、蘇生した時、乾き切った真っ黒なミイラに変わり果てていた。
そして、カツはその後、姿を暗ませ、盗んだ【アルカナ】を金に換えたり、情報と交換したりしながら食いつなぎ、【THE STAR】のカードの持ち主を追っていたのだという。
つまり、世間ではわずかな時間だったが、御館様の体では、時間は長く設定され、世間とは違う数カ月を過ごしていたのだ。
「まあ、簡単に言うと、そういうことね」
肩をすくめて、女は言った。
だが、それが全てではないだろう。
郡司は、女の話を聞きながら、まだ隠されたままの部分について、考えていた。
第一に、カツがこの屋敷、もしくは異世界の屋敷に忍び込んで、御館様を殺してまで【アルカナ】を奪って行ったのは何故なのか――。もちろん、【アルカナ】の能力を知っていれば、人殺しをしてでも手に入れたい人間もいるだろうが、カツはその【アルカナ】の大半を、あっさり金に換えたり、情報に変えたりして手放しているという。
――なら、カツの本当の目的は……?
カツには、人殺しをしてでも、【THE STAR】のアルカナを手に入れなくてはならない理由があったのだ。――いや、御館様が不死身の【THE WORLD】のアルカナを使っていたことを知っているのなら、それは人殺しのつもりではなかったのだろう。時間の長さを変える【THE EMPRESS】を使ったことにしても、単に逃げる時間を稼いで、行方を暗ませるためだけにしたことで、御館様がミイラになるなど、彼には思いがけないことだったに違いない。
だが、それを問い返して、果たして正直に答えてくれるかどうか……。人間、自分の悪い行いのことは隠し、相手の非道さだけを口にして罵るものなのだから。
「カツは何故、【THE STAR】のアルカナを?」
郡司は訊いた。
「さあ。それは私たちもカツに訊いてみないと解らないわ」
「……」
やはり、正直に話してくれるつもりはないらしい。
「それから、間違えないでちょうだい。あなたに質問をする権利はないわ。まったく事情が解らないようでは協力のしようもないでしょうから、話せるだけのことは話してあげたけど――。今後は、私たちの役に立ってもらうわよ」
優位な場所から見下ろすように、女は言った。
「……俺に何をしろ、と?」
「簡単なことよ。時間が経つ毎に、あなたの指を一本ずつ藤堂とかいう刑事に送り付けて、カツの捜査を急いでもらう」
「――」
多分、本気なのだろう。――いや、あのミイラの姿を見た後なら、彼女たちの本気度も難なく知れる。以前の姿に戻るためなら、御館様――この女の姉だというミイラは、郡司の指を、ためらいもなく切り刻むに違いない。
皮肉なものだった。いつも死体を切り刻んで解剖していた郡司が、今度は切り刻まれる側に回るなど。
だが、この屋敷にいる者たちは、何故、あんな力もなさそうなミイラに、不平も言わずに従っているのだろうか。誰もが五体満足の健康体で、言葉を発することすらロクにできないミイラから、カードを奪って逃げることなど他愛もないことのように思えるのだが。
そう考えた時、郡司は、通訳の男がミイラの代わりに喋り始める前に、ミイラの手が懐から何か見えないものを取り出し、撫でる格好をしたことを思い出していた。
あれがもし、何かの【アルカナ】を取り出した行為だったとしたら、どうだろう。その【アルカナ】は、また別の【アルカナ】の能力で不可視の状態にされているのだとしたら――。あの時、ミイラが撫でた切り札は、相手を意のままに操ることが出来る【アルカナ】だったのではないだろうか。
そう。それも、天秤宮の【JUSTICE】のサイトで見た覚えがある。
他人の脳に干渉できる悪魔の【アルカナ】――確か、【THE DEVIL】の切り札だった。そして、その【THE DEVIL】の切り札は、姿を隠せる隠者のカード、【THE HERMIT】を使って、他の者からは見えなくされていたのだ。
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