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同化するアルカナ
しおりを挟む少し時間を遡って、
「さて、シバちゃん。私たち、どうしようかしら?」
郡司の車に乗り込んで、アザミとシバは互いの顔を見合わせた。
「ワンワン! ワン!」
「はいはい。えーと、【アルカナ】ね」
何か言いたげに吠えまくるシバの様子に、アザミはバッグから取り出した【Two of Wands】の表面をスゥと撫でた。犬だけでなく、全ての生き物と話をすることが出来る【アルカナ】である。そして、この世には、生き物だけでなく、生きていない物と話が出来る【アルカナ】もあるという。
「おい、妙な匂いがするぞ! さっき乗った時とは違う匂いだ」
吠え立てていたシバの声が、鮮明な言葉となって聞こえて来る。
「匂い? やだ、私じゃないわよぉ」
「誰もおまえのクサイ屁だとは――」
シバが言いかけるのを聞きながら、アザミは一つ、ウインクをした。もちろん、シバに求愛している――訳ではない。解った、という合図である。それを踏まえて、
「どこからするのよぉ、そんな匂い」
アザミが訊くと、
「リアシートの右側のドアだ」
「ほらぁ、何でもないでしょ」
シバの返答に噛み合わない言葉を返しながら、アザミは車を動かした。
しばらく走らせ、旧道に入って細くなる道幅の中、片方を石垣、片方をガードレールに挟まれた道に出る。どうやら、石垣はどこかの神社らしい。ガードレールの向こうには、水路に沿ってわずかばかりの水が流れている。
「神頼みでもしに来たのか?」
「あんまり吠えちゃダメよ、シバちゃん。よそ見しちゃうでしょ」
言った途端、車はガリガリと石垣の側面に擦られて、右側のドアが傷だらけになった。それと同時に、
「うわあああっ!」
という、悲鳴にも似た――いや、悲鳴としか思えない声が聞こえて来る。
だが、静かな旧道の神社の脇には、人通りはおろか、反対側は水路があるため、近くに民家も建っていない。――いや、水路の向こうに家々はあるが、そこで誰かが叫んだとしても、こうも鮮明に、近くで聞こえるはずもないだろう。
「ほら、シバちゃんが吠えるから――。また擦っちゃいそう」
アザミが言うと、
「やっ、やめてくれ――っ!」
車のドアが、降参とばかりに、叫びを上げた。
「最近の車は喋るのか?」
と、シバ。
「少なくとも、私は車と話をするほど寂しがり屋じゃないわよ」
アザミは石垣スレスレに車を止め、自分では魅力的だと信じている笑みを口元に浮かべた。間違いなく、その思い込みは間違っている。もちろん、そんなことなど微塵も思っていないアザミは、
「さあ、シバちゃん、噛みつく準備は出来てるかしら?」
と、シバにもその笑みで、ウインクした。
「……キモチワルイぞ、おまえ」
シバは嘘をつかない。
「乙女に向かってその言いぐさはないでしょ――、って、こんなことを言ってる場合じゃなかったわね」
アザミは、リアシートの窓を運転席から操作して開け、
「【TEMPERANCE】を持ってるわよねぇ? 大アルカナの【ⅩⅣ】、節制のカードよ」
と、誰もいないドアに向かって話しかけた。たった今擦って、傷だらけにしたドアである。
「あ、余計なことをしようなんて思わないでね。私も【アルカナ】を持っているの。車のドアに同化したあなたごと、物質変換して砂鉄にすることも出来るのよ」
「……」
少しの沈黙の後、リアシートのドアから手が生えたかと思うと、その人差し指と中指には、一枚のカードが挟まれていた。
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