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負けのカツの忠犬
しおりを挟む「ハ、腹減ってないか?」
気恥ずかしさを押し隠すように、助手席の犬に藤堂が訊いた。これには犬も、ピクリ、と片方の耳を動かして、さっきとは違う反応を示している。
あと、もうひと押し。
「ハンバーグとか、チキンとか、ケーキとか、色々あるらしいぞ」
「……」
犬はしばらく思案しているようだったが、
「……そこにカツもいるのか?」
「――。喋ったあああああああ――っ!」
車の外にまで響き渡る声で、藤堂がまん丸に目を剥いて、腰を抜かした。
「ちょっと、喋ったのなら、返事をしてあげてよ。何が食べたいんですって?」
呆れ顔で、アザミが訊く。
「カ、カ、カ、カツだと……」
「カツ? 残念だけど、揚げ物はないわねぇ。大体、脂っこいものは犬の体にも悪いでしょうし――」
そんな二人の会話を聞いて、
「ひょっとして、それって、負けの勝――早野勝也のことじゃないのか? ――ちょっとカードを貸してくれ」
郡司は藤堂の手からカードを取り上げ、もう一度表面を擦ってみた。
「カツって?」
犬の目を見て、そう訊くと、
「負けの勝だよ。おまえたち、カツのところに行くんじゃないのか?」
――やっぱり!
犬の言葉に、郡司は胸の高鳴りを感じていた。――いや、その犬にときめいたわけではないが――。一応、犬の性別は、そんな乱暴な言葉遣いでも、メスである。
「ああ、俺たちはカツを捜してるんだ。君なら何か知ってるんじゃないかと思って」
郡司は言った。
「おれの相棒はカツだけだ。カツはおれのところに戻って来る」
如何にも犬らしい返答である。忠義の見本のような日本犬魂は、誇り高い血として受け継がれているのだろう。
「俺たちは借金取りや怪しい人間じゃない。――教えてくれないか? 君もカツに会いたいんだろう?」
「……」
飼い主命である忠義の犬が、その命たるカツに会いたくないはずがない。
「まあまあ、取り敢えず、ドッグカフェに行きましょうよ。おなかが空いたまま押し問答したって、何の解決にもならないんだから」
確かに、急ぐばかりでは身勝手かも知れない。犬――彼女にしてみても、知らない人間に簡単に心を開いてはくれないだろうから。
「――そうだな。食べてから話そう」
「じゃ、オレも後を追うよ」
藤堂が言って、自分の車へと乗り換える。上司に怒られないことを祈るばかりである。
そんな様子を、離れたところから窺う男がいた。
「ええ、早野の部屋を張っていたら、そのアパートにアサギリ様と一緒に――」
と、電話の向こうの相手に、動きを告げる。
「ええ。犬と話せる【アルカナ】を持っているようで――。早野の部屋は留守でしたが、隣人に金を握らせて、一匹の犬を連れ出しました。――はい、どういった筋か、捜査力を持っているようです」
そう報告すると、男は自分も車を動かし、二台の車の後を追った……。
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