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犬(限定)と話せるアルカナ
しおりを挟む「ちょうどいいところに来た。これから会いに行こうと思っていたところだ」
大人しくリードに引かれてついて来る犬を傍らに、郡司は藤堂を前に片手を上げた。
だが、藤堂の方は、
「おまえ、自分の置かれている状況を解っているのか?」
と、機嫌が悪い。
「紗夜がいる処を捜す方が先だ」
「その消えた嫁じゃないか、って思ってるんだよ、警察は、あの焼死体を」
「それはもう聞いた。――早野の指紋のついたカードを返してくれないか」
「郡司――」
「ここにいるのは、早野が飼っていた犬だ。猫の言葉は聞こえなかったが、もう一度この犬で試してからでも、警察に行くのは遅くないだろう?」
郡司が言うと、藤堂はジップ付きポリに入ったままのカードを渋々取り出し、
「なあ、郡司。何か悩みがあるのなら、まずオレに言えよ」
と、見慣れないオカマの方を垣間見ながら、小声で囁く。
「ありがたいが、俺はおかしくなった訳じゃない。これで証明できるはずだ」
郡司は受け取った【Four of Wands】の表面を擦り、犬の前に身を屈めた。
「始めまして……」
何だか間の抜けた第一声になってしまったが、一応、最初の挨拶はこう言うものと決まっている。無論、藤堂刑事は犬に挨拶をする郡司の姿を、少し憐れむように眺めていたが。
「俺は郡司。――君は……」
これも、相当間が抜けている。犬に向かって自己紹介をし、挙句に犬に名前を尋ねるなど――。車の中で訊いた方が良かったかも知れない。通りすがりの人の視線が冷た過ぎる。
「おまえ、バカか。あいつは人前ではおれと話さなかったぞ」
犬にまでこんなことを言われる始末――。というか、
「聞こえた――! やっぱりこれは、犬としか話せない【アルカナ】だったんだ!」
目の前に差し込んだ一条の光に、郡司はすでに紗夜が見つかったかのような気分になっていた。
しかし……アザミは、この【アルカナ】のことも知っているようだった。他のカードのことも口にしていたし――。いや、【JUSTICE】のサイトを知っているのだから、当然だろう。郡司はまだ見る時間がなくて、確認できていないが。
「おい、本当かよ!」
藤堂が横から割り込んで来る。
「ああ。――車に戻ってからにしよう」
さすがに、アパートの前では変な目で見られる。この犬にも注意されてしまったわけだし。
三人と一匹は郡司の車へと場所を変え、
「ちょっとオレにもやらせてくれ」
藤堂が子供のように催促する。
本当はすぐにでも色々なことを聞き出したかったが、この刑事に郡司の妄想でないことを解ってもらうためには、少々の時間のロスは仕方がない。
郡司は、藤堂にカードを渡し、犬に話しかける藤堂の姿を眺めていた。――確かに、ちょっとアブナイ人種に見える……。しかも、
「おまえ、本当に話せるのか? 何か言ってみろよ」
上から目線でのその言葉に、犬はムっとしているようで、プイと横を向いてしまった。
「喋らないぞ、こいつ。――さっきは本当に喋ったのか?」
藤堂には普通の犬の鳴き声としか聞こえていなかったのだから、今一つ真実味に欠けるのも事実だろう。
「自己紹介をしてみたらどうだ」
郡司が言うと、
「があああ――っ! 犬相手にそんな恥ずかしいことが出来るかよ!」
「……」
――俺はしたよ……。
きっと、藤堂はこの先もずっと、犬に返事をしてもらえることはないだろう。――とはいえ、話しをしてもらわないことには、すべてが郡司の妄想だということにされてしまう。
「なら、食事に誘うのはどうかしら?」
アザミが言った。ちなみに、運転席に郡司、助手席に犬、後部座席に藤堂とアザミが乗っている。
「――メシ?」
「そうよ。私もおなかが空いちゃったわ。ドッグカフェを検索するから、何が食べたいか聞いてみてよ」
そういえば郡司も、朝食を紗夜と食べたっきりで、それから何も食べていない。
「あ、ここどうかしら? わんバーグ・セットに、チキンと野菜のマカロニ添え、わんこ丼、ささみとチーズの温野菜、豆腐ジェラート、バナナケーキ、クッキー……たくさんあるのねぇ」
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