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妻殺しの容疑
しおりを挟むどうにも郡司の名前はすぐにバレてしまうように出来ているらしく、【THE STAR】を奪って行ったあの男、早野にも、このオカマ――乙女、アザミにも、あっさりと身元が知れてしまった。早野の名前は、今は郡司も知っているが、アザミの名前は源氏名以外明かしてもらっていない。まあ、郡司にしたって、こういう状況にならなければ、自分の身元を明かしたりするつもりはなかったのだが……。
「それより、遺体って、奥さんは家にいなかったんでしょ? 他に誰かいたの?」
アザミが訊いた。
そっちの方が、郡司の身元云々よりも一大事である。
「いや、二人だけだ」
――もしかしたら、あの早野という男が、【THE STAR】の力を使って戻って来ていたのだろうか。
一度訪れている家なのだから、イメージするのは簡単だろうし――。だが、戻って来る理由が判らない。あんなその日暮らしの男に、【THE STAR】のカードを郡司に返すつもりがあったとは思えないし……。
「放火だとしたら、火を点けた人間が逃げ遅れたとか、うっかり自分にも火が点いて消せなかったとか、かしら」
TVのワイドショーを見る主婦のように、アザミが自分の推理を披露してくれる。そして、一番ありがたくない推理も……。
「もしかして、奥さんが戻って来てたんじゃないわよね?」
「……」
報道では、まだ性別の特定や、個人の特定はされていないらしい。
火事で一番怖いのは、火ではなく、煙である。昔の木造住宅と違って、今の家は有毒ガスを発するものが多く使われ、また、置かれている。避難しようとしても、そのガスを一たび吸い込めば、体が麻痺して意識が失くなり、逃げることも出来ずに焼け死んでしまう。あっという間に意識不明になり、火がそれほど強くなく、誰もが『どうして?』と思う状況でも死んでしまうのだ。
郡司は仕事柄、そういうケースをよく知っていた。だから、紗夜にも以前に言ったことがある。煙を見たら、火がなくともすぐに逃げるように、と――。すでに煙が立ち込めていたら、低い姿勢で、煙を吸わないように逃げるように、と――。
――だから、あれは紗夜ではない。
郡司は自分に言い聞かせるように、指を結んだ。
「行こう――」
そう言って、車の方へ翻った時、携帯電話が鳴り出した。
藤堂刑事である。
用件は聞くまでもなく解っていた。
「とんでもないことになった! おまえの家が火事だ。火は消えたが、皆、おまえたち夫婦を捜している。すぐに戻れ!」
慌てふためく強い口調で、怒鳴るようにまくし立てる。
もちろん、火災現場たる家の持ち主であり、戻らなくてはならないことはよく解っているのだが、
「これから早野勝也の自宅住所へ向かう。そっちへは戻れない」
考えることなく、言葉を返した。
「死人が出てるんだ。誰の死体か気にならないのか?」
そう言われても、紗夜の所在を知ることの方が、郡司には余程、重要なことだ。
「おまえが疑われるぞ」
「え……?」
藤堂の言葉に、郡司は全く考えていなかった筋書きを知り、唖然とした後、腹を立てた。
「俺が自分の家に火を点ける訳がないだろ! 大体、誰が死んだって言うんだ? 盗みに入った泥棒か?」
不死身の【アルカナ】を持った男の仲間かも知れない、と、ふと思ったが、
「じきにマスコミ発表があるだろうが、女だそうだ……」
藤堂は言った。
「……女?」
ますます訳が分からない。
だが、その言葉を後回しにした藤堂の心境や、口調からすると、
「紗夜だと思っているのか? 俺が紗夜を殺して、火を点けて逃げたと?」
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