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吠える犬

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「このカードを知ってるんじゃなかったのか?」
 郡司は訊いた。
「もちろん、知ってるさ。見るのは初めてだが」
 何食わぬ顔で、男が言う。
「見てもいないのに、どうしてこのカードのことにそんなに詳しい?」
 疑問は溢れるほどたくさんあった。そのほとんどが未だ疑問のまま残っているのだ。
「オレも一枚持っているのさ。【大アルカナ】じゃないが――。ホラ」
 そう言って男が取り出したのは、【Ⅳ】のローマ数字が上部に書かれた、棒の絵柄のカードだった。郡司が持っているカードのように、下部に絵柄を表す文字はなく、四本の棒が門のように飾り立てられ、その向こうには来訪者を出迎えるような人の姿が二人と、奥に城が描かれている。
「Four of Wands――。ワンドのスートの4だ」
「カードは一枚じゃないのか?」
 いや、郡司が拾ったカードには【ⅩⅦ】の番号が振られていたのだから、最初から気づいてもよさそうなものだ。
「聞くところによると、大アルカナ二十二枚と、小アルカナ五十六枚があるらしいが、その全てが存在しているかどうかは不明だ」
 男は言った。そして、
「もういいだろ? ちょっとそれを見せてくれよ。代わりにこれを預からせてやるから」
 と、【Four of Wands】を郡司の手に押し付けると、代わりに【THE STAR】のカードを掠め取った。
「やった! これさえあれば何でも出来る!」
 ギラギラと欲望にまみれる目を輝かせ、すでに自分のもののように、高らかに言う。全世界を手中にしたかのように、武者震いしている風でもあった。逆に言うなら、郡司はまだそのカードの価値を過小評価し、理解していなかったのだろう。
「で、こっちのカードは――」
 そう問いかけた時、
「犬が吠えるには訳がある、ってか――」
 男は、隣の家の犬が吠える声を耳にして、
「悪いな。――あばよ!」
 と、カードの表面を擦って、片手を上げた。
 あ、っと思う暇もなかった。男の姿は刹那に消え、今度はカードも残らなかった。恐らく、紗夜の時は、テレポートする際に、カードを手から離してしまったのだろう。
「おい――っ!」
 とっさに虚空に呼びかけたが、もう何をしてもどうにもならない。郡司の手には、あの男が代わりに寄越した、【Four of Wands】のカードが残っただけだった。
 郡司はあの男の素性を何も知らない。反対に、あの男は郡司の家も、今置かれている状況も知っているし、これから他のことも調べることができる。
「クソォッ!」
 悪態づいてもどうにもなるものではなかったが、何かを言わずにはいられなかった。悔しくて悔しくて、己の無能さが腹立たしくて――。あのカードは、消えた紗夜を探すための大事な手掛かりであったというのに……。
 犬はまだ吠え続けている。
『犬が吠えるには訳がある、ってか――』
 男が残した言葉が、脳裏を過った。
 そっと、窓に近づいて表の通りの様子を見ると、見慣れない男たちが郡司の家を見ながら、話をしている姿が見て取れた。
 あのカードを探しているという『殺人もいとわない』連中かも知れない。一人は安くはないスーツを身にまとい、もう一人は若い男で使い走りのような印象だった。どういった手段でか郡司がカードを持っていることを突き止めて、自宅を探し出したのだろう。
 郡司はどうするべきか迷ったが、あの連中にこのカードまで奪われるわけにはいかなかった。何のカードなのかは判らなかったが、これにも神秘アルカナ的な――超心理学パラサイコロジー的な力パワーがあるのなら、窮地を脱することが出来るかも知れない。
「頼むぞ……」
 郡司は、消えた男がやったように、カードの表面をスーっと擦った。

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