魔窟降臨伝【完結】

竹比古

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陸壱

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「目端の利く少年だ。〃道〃を辿るなら、《ルグナサーの宵》までに、君が彼女の元へ辿り着くことは不可能だ。――だが、彼女が目醒め、火鴉の力で私の結界を焼き払う、というのなら、それも適うだろう。汚れなき炎は、あらゆる封印や結界を焼き尽くす」
「――で、彼女が目醒めたら、見ていた夢もそこで終わり、この九龍城砦も塵と消える、ってか?」
「そうかも知れぬ。――私は《ルグナサーの宵》に彼女を目醒めさせ、そして、自然と超自然の障壁が取り除かれるその時に、彼女を在るべき世界へ送り帰し、ここに在った建造物を引き寄せる積もりでいた。――彼女が眠りの中で紡ぎ出している呪縛こそ、私の呪歌で解くべきものだ。魔法使い(ドルイド)の導きがあれば、もっと良かったのだが……。私一人の力では、彼女の世界を見つけ出すのに苦労するかも知れない」
 最後の言葉は、ほとんど呟きに近かった。賢者カフヴァは輪の手に掛かって敗れ、盲目の女魔法使いドルイダスグローヌも、黒き魔道に堕ちたのだ。もう、在るべき世界へ火鴉を導ける魔法使いドルイドは、いない。
「あんたは忘れてるみたいだけど、もう一つ、《ルグナサーの宵》の前に彼女の元へ行く手段があるぜ」
 輪は言った。
「……。忘れてはいない。私を倒せば、君は彼女の元へ行けるだろう。――だが、君の武器は、私の呪歌の前には通用しない」
「そうかな」
 言うなり、輪は、銀色のネイルを閃かせた。
 ヒュン、と風が空を斬り、華麗な一線が斜に走る。
 十一弦の竪琴が、深い音をきらめかせた。
 輪の指先で、ネイルが塵と化して弾け飛ぶ。
 だが――。
「これは……」
 キン、と澄んだ音を立て、竪琴の弦が、真っ二つに切れた。何人なんびとも触れることなど出来ないはずの一角獣ユニコーンの鬣が、ネイルの攻撃に断ち切られたのだ。
「死を恐れないケルトの民と違って、未来のない香港の住人は、九龍城砦の住人も含めて、常に生き残ることを考えているのさ。パワフルに、エネルギッシッュに、次から次へと己の力を試して行く」
「く……っ」
 トルウの胸に、朱色の筋が浮かび上がった。
 輪の放った一線は、竪琴の弦だけではなく、トルウの身をも切り裂いていたのだ。
「馬鹿な……。ここは、私の結界の中……。呪歌が紡ぎ出した韻律は……人の子の扱う武器など……」
「蜃の楼で教えてやっただろ。真空は音を伝えないんだよ」
「真空など、ここには……。君の攻撃は、呪歌の結界に触れた途端……無効と化す……。あの時のように、内臓を破裂させることも出来ない内に……」
「ここよりまだ東に浮かぶ小さな島では、〃鎌鼬かまいたち〃というらしい。風の悪戯で出来る真空の刃だよ。いくらあんたの呪歌でも、武器自体が音の伝わらない真空なら、防ぎようもないだろ?」
 何という少年なのであろうか、彼は。さっきの一薙ぎで起こした風で真空を創り、その真空の刃で、竪琴の弦とトルウの胸を裂いた、というのだ。
 しかし――。
「二度目は無理だな……」
 輪は、ぽつり、と呟いた。
 白いオープン・シャツの下の包帯には血が滲み、胸には激痛が走っている。今のトルウの竪琴の音で、ネイルが消滅したのと同じように、婆婆に施してもらった血止めの針も、痛み止めの針も、解熱の針も、消滅したのだ。
 輪の額には汗が滲み、呼吸も薄くなっている。
 トルウの手が、長衣の内側へと、静かに動いた。
「弦を張り替えるまで、待っててやる積もりはないぜ……」
 蒼い顔色で、輪は言った。そして、瓦礫の中から、武器にかりそうなガラス片を拾い上げる。埃に塗れ、パッと見には、とてもガラスとは思えない、汚らしいものである。
「喉を裂くには充分だな」
 竪琴の弦を切られたとはいえ、トルウにはまだ、呪歌を紡げる喉が残っているのだ。傷を負った身での発声は労を強いられるだろうが、謡えない、とは限らない。
 しかし――。


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