魔窟降臨伝【完結】

竹比古

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伍捌

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きりがないね」
 婆婆は、目の前の触手を気功で散らし、化け物本体に針を放った。
 輪がこの場にいれば、年のせいで、もう気功を使うのに疲れたんだろう、と皮肉ったに違いない。
 針は、化け物の脈打つ部分に襲い掛かった。
 だが――。
 だが、その針が化け物に届く前に、化け物は片方の肩に備えている半透明の鱗を、盾と化して、針を散らした。
「ほう」
 感嘆のような声を零し、
「どうやら、不死身の化け物、という訳じゃあなさそうだね」
 己の身を守る化け物の姿を見て、婆婆は言った。
 目の前の化け物は、明らかに急所を守って、その鱗を前に翳したのだ。
 しかし、その急所とは――。
 常に移動し続けている肉の塊は、急所が一か所に留まっているとは思えなかった。
 それでいて婆婆は、
「さて、輪の処へ行ってやるとするかね。何しろ、あの体だ。もうくたばっていてもおかしくはない」
 と、襲い掛かる触手を避けながら、のんびりと言った。
 化け物相手に油断させる手とも思えないが、婆婆は確かに、そう言ったのである。
 そして、どうであろうか。化け物が目に見えて苦しみ出したではないか。触手を延ばすことも侭ならない様子で、全身の肉を捩っている。
 ごおおお―― っ、と唸り、肉をあちこちにぶよつかせ、ピクピクと筋肉を痙攣させている。
「ほう。案外速く急所に届いたようだね」
 婆婆は言った。
 さっき、本体に針を放った時、触手の方にも不可視の針を放っていたのだ。全身を巡る極細の針は、今、化け物の急所を捕らえている。
 肉がドロドロと溶け始めた。
 黄色く色づくような異臭を放ち、泡立ちながら、のたうっている。
「化け物になる前の容姿なら、いい娼婦になれただろうがねぇ。まあ、まだ一人、金髪の上玉が残ってることだし――。ネコの男は、ああいう美男子にケツを掘られたがるだろうから、仕入れとかないとね」
 婆婆は、こんな時でも金勘定は忘れず、頭の中でパチパチとソロバンを弾きながら、輪が消えた方向へと翻った。
 化け物の伸ばした触手が、婆婆の体を貫いたのは、その時であった――。




「この家がこんなに広いとは知らなかったよ」
 優に一〇分以上歩いて、やっとトルウのいる空間に辿り着き、輪は深々と息をついた。
 足元は、まだ瓦礫のままである。
 今の輪の言葉通り、一〇分以上、崩壊した家の中を歩き回っていた――歩き回されていたのだ。何しろ、瓦礫を踏んでいない時間は、ただの数秒もなかったのだから、この家の外を歩いていたとは思えない。
「よくここまで来れたものだ。ここは私の聖域――。十一弦を使って、一方向、一か所にしか通じない道を作っておいたというのに」
 金髪の吟遊詩人バード、トルウは言った。
 一方向、一か所の道は、別の道に入り込んだり、方向をたがえたりするのは容易いが、一度も間違わず、ここまで辿りつくのは、ほとんど不可能に近いほど難しいのだ。道標がある訳でもなく、況してや、目に見える道がある訳でもなく、ほんの一ミリ擦れただけで、もうここへは辿りつけなくなる。
「ぼくにもそれが不思議でね。あのジイさんの首を斬った時もそうだけど、不思議と方向が判るんだ」
「……」
「超能力にでも目醒めたかな。ほら、テレパシー、ってやつ。声が聞こえる訳じゃないけど、誰かがそれを教えてくれるんだ。こっちに行け、ってね。――で、火鴉はどこ?」
 トルウ以外、誰もいない空間を見渡し、輪は訊いた。
 見た限り、トルウ以外の生き物の姿は見当たらない。
「まさか、食べちゃった、とか? あれ、食用じゃないから、腹壊すかも知んないぜ」
 どうしてこの少年、そういうことを思いつくのだろうか。他人も自分と同じ考えを持っている、とでも思っているのかも知れない。


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