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伍弐
しおりを挟む「ぼくのサイズに合う服がこれしかなかったんだ。まだ成長途中で背も伸び切ってないし、体の線も細いし――。ヒゲも腋毛も生えてないから、女の格好でもおかしくないだろ? それに、あそこの毛も薄いし――。見てみる?」
「え? あ、いえ、あの、私は――。服を取って来ますっ」
見張りの男は、何とか輪から視線を逸らし、奥の階段へと駆け出した。
その美しい少年の前では、理性を保つことも容易ではないのだろう。男の股間は、すでに射精寸前まで張り詰めていたに違いない。――――――――
「……死人を見るようだね」
婆婆が言った。
ほとんど呟きに近い言葉であった。
だが、その薄い呟きを耳に留め、
「死人? この黒いイヴニングのこと?」
輪は訊いた。
婆婆は何も言わなかった。
「……ボケが始まったかな」
輪の呟きである。どこか嬉しそうなところが、その少年らしい。
婆婆の顔が不気味に変わったことは、言うまでもない。――いや、いつも不気味なのだが、それにも増して。
「そんなことより、もう一〇時を過ぎてるんだよ。一時間分の金しかもらってないっていうのに――。楽しむなら、時間をお守り」
と、文句を零す。
あれほど酷い目に遭わせた連中から、まだ金を取ろうというのか、この婆婆は。
「延長分は、表のロールス・ロイスで足りるだろ。祭り前の景気付けだよ」
「大した余裕だね。《ルグナサーの宵》まで、あと二時間もないっていうのに」
「え?」
婆婆の言葉に、輪は戸惑いを含めて、首を傾げた。
「あと二時間? 今日は七月三〇日だろ? 七月は確か、三一日まであって……。《ルグナサーの祭り》は八月一日だから、まだ明日一杯あるはずで……。それとも、今年から七月三一日は無くなったのかい?」
そんなことがあるはずも、ない。あるとすれば、子供たちが輪を起こす時間を間違っていた、というくらいのことで――。いや、時間は正しくても、丸一日以上――二九時間後の夜の七時に輪を起こし、輪は二九時間もの間、眠り続けていた、というくらいのことである。
だが、輪の体は、決してそれだけの時間、眠り続けていたはずはない、と告げている。確かに、あの世界から戻って来て、五時間しか眠っていないはずなのだ。
それなら、婆婆が、間違えた日付を輪に伝えていた、というのだろうか。そんな子供でもしないような間違いを、その婆婆がしたと――。だとすれば、やはり、ボケが始まっているのだ。
輪は、心の中で、ガッツ・ポーズを取った。
「何馬鹿なことを言ってるんだい。《ルグナサーの祭り》は――いや、《ルグナサーの祭り》に限らず、ケルトの祭りは、特に宵祭りを、特種の超自然的エネルギーに満たされた別の時間として扱うんだよ。《ルグナサーの宵》に儀式が始まることは、おまえも知っているはずだろう?」
ボケの始まっているらしき、婆婆は言った。
「知ってるけど……。だから、八月一日の宵までに、火鴉を手に入れれば――」
「この馬鹿がっ!」
婆婆の一喝が、激しく飛んだ。
「何を考えてるんだい、おまえは。まさか、宵祭りを、夕暮れに始まる祭りだ、とでも思っていた訳じゃないだろうね?」
「思ってた」
ためらいもなく、輪は言った。
婆婆の頭に、重い頭痛が駆け抜けたことは、言うまでもない。子供たちが輪を起こす時間を間違えていた訳でもなく、婆婆がボケて、間違えた日にちを輪に告げていた訳でもなく、輪自身が、《ルグナサーの宵》の意味を間違えていたのだ。
「これだから今時の若いもんは……。宵祭りといったら、前夜祭のことに決まっているだろうが。《ルグナサーの宵》は七月三一日、二時間後の明日だよ」
《ルグナサーの祭り》は八月一日でも、その宵祭りたる《ルグナサーの宵》は、七月三一日なのだ。
「へェ……」
感心などしている。
「だいたい、中国の神話でも、太陽と月が逢い引きするのは月の初めと終わりなんだから、気づいても良さそうなもんじゃないか。七月三一日の月末と、八月一日の月初だよ」
「なるほど」
再び、感心。
人の言葉に素直な感心を向けるのはいいことだが、この場合は、当てはまるとは言えない。この場では、驚いて見せることが適当であり、自分の勘違いに恥じ入り、残された時間の少なさに苦悩して見せるのが、普通の人間、というものであっただろう。
だが、彼は普通ではないのだ。
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