魔窟降臨伝【完結】

竹比古

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伍壱

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 生きている者たちの面貌が、新なる恐怖に凍りつく。
 輪の手は、早くも、血塗れになっている簡素なベッドから、赤く染まったシーツを剥ぎ取り、殺してくれ、と言った男の顔に、巻き付けている。
 それは、かつて、輪がその上でいたぶられていたベッドのシーツであっただろうか。そのシーツで、男の顔を包み込み、
「蒸し焼き、って苦しいんだってさ。シーツの外側から火が回って、その熱と煙で、顔はぶくぶくの火脹れになる……。きっと、体はビクビクと跳ねるだろうね。楽しみだよ、とても……」
 カチ、っという音と共に、金色のライターに火が灯った。その火をシーツの端に燃え移らせ、火がシーツを舐めて行く光景を、じっと見つめる。
 輪の瞳は、爛々と興味深げに輝いていた。
「ぐ……う……」
 くぐもった声が、シーツの中から、零れ落ちる。
 体は突っ張り、苦しげに大きく捩れている。熱さから逃れたい一心なのか、それとも恐怖から逃れたいのか、表情は見えなくとも、その体の動きだけで、男の苦しさは充分、知り得た。数秒と経たずに体は引きつり、何度もヒクヒクと痙攣を起こす。
 それをじっと眺めているのだ、その少年は。
 男の動きが止まる頃、顔に巻いた赤いシーツも、灰と化して、焼け落ちた。
 男の顔は、瞼も開かないほどに焼け爛れ、黒く赤く、膨れている。
 体が焼けていないだけに、顔だけが黒焦げになっているその姿は、普通の焼死体より、一層、気味の悪い――吐き気を催すものであった。
 もちろん、輪に限っては、その限りではない。
「楽しかっただろ? 銃弾を喰らった傷をいたぶるくらいじゃ、狂い切れない……。人をいたぶって楽しむのなら、こうやってとことん苦しめるものだよ……」
 と、すっかり自分自身の傷の痛みも忘れたように、美しく、微笑む。
 美しいのだ。こういう時の彼は、本当に。あの幻のような青年よりも、さらに悩ましく、官能的な色香を纏っている。
「さあて。充分楽しんだことだし、もう行くかな。今度は、女も何人か用意しておいて欲しいな。女のアナルの皺に切れ目を入れて、そこに突っ込むのも好きなんだ。抜き差しする度に血が溢れて、そこに突っ込んでるぼくのペニスも真っ赤に染まって……。想像しただけでゾクゾクするだろ?」
 男たちの面貌は、最早、色を残してはいなかった。
「用がなけりゃ、もう少し相手をしてやってもいいんだけど、ぼくも色々と忙しいし――。後は、好きにしてていいよ。自分の体が腐って行くのを眺めるのも結構楽しいから、じっくり観察してみるといい。それと、舌を咬んだくらいじゃ死ねないから、そんなことをしても無駄だよ。舌の毛細血管が切れたくらいじゃ、致死量の血液は流れないんだ。――じゃあ、また」
 そんな恐ろしい言葉を残し、美し過ぎる少年は、血の地下室を後にした……。



 外は、増し続ける闇に暗く覆われ、蒸し暑い風を運んでいた。
 羅亜忝の屋敷のバス・ルームで血を洗い流し、新しい服に着替えた輪は、九龍塘カオルントウから九龍城へと車を走らせ、生まれ育った場所たる魔窟に戻っていた。
「表のロールス・ロイスはナイナイにやるよ。早い目に解体して売り捌いた方がいいぜ」
 と、羅の屋敷から持ち出して来たロールスの鍵を婆婆に渡し、
「上まで上がるのも面倒だし、傷にも堪えるから、ぼくの部屋から服を持って来てくれよ」
 と、見張りの男に言い付ける。
 もちろん、見張りより偉そうな口を利く男娼は、輪一人である。そして、見張りが言うことを利く男娼も、輪一人である。
 だが、今日は――。
「は……。あの、輪様……ですか?」
 と、見張りの男は、戸惑うように、輪を見つめた。上から下まで、マジマジと眺め、恍惚と頬を染めている。
「似合うだろ?」
 薄紫色のサングラスを外して、輪は訊いた。
 彼が身に纏っているのは、ロールス・ロイスに相応しい、上品なイヴニング・ドレスである。
「は……。とても……」
 見張りの男の頬が、さらに染まった。
 彼だけでなく、そんな美しい〃女〃の姿を見た者は、世界中どこにもいなかったであろう。――そう。輪はどこから見ても女としか見えない格好をしているのだ。
 ショート・ボブのかつらを付け、漆黒の光沢を放つイヴニング・ドレスを身に纏い、華やかな化粧まで施している。胸の膨らみもちゃんと作り、その胸元にはきらびやかな宝石、しなやかな足にはストッキングとハイヒール、その姿で、タイトなドレスのスリットをはためかせているのだ。
 それ以上に魅力的な様があったであろうか。


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参考文献
華僑コネクション 樋泉克夫著 新潮社刊 FIX-世界麻薬コネクション フリーマントル著 新潮社刊 香港及び香港問題の研究 可児弘明著 東方書店 華僑 游仲勲著 講談社刊 客家 高木桂蔵著 講談社刊 世界の神話伝説総解説 長谷川秀記発行 自由国民社 中国の神様 二階堂善弘著 平凡社 中国の妖怪 中野美代子著 岩波新書
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