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肆漆
しおりを挟む今、輪に必要なものは、間違いなく休息である。
何しろ、《ルグナサーの祭り》まであと二日しかないというのに、火鴉を奪われ、体もこの通り、ボロボロなのだ。再び滲み出している血も、足を床につける度に駆け抜ける激痛も、常人なら、気を失って当然のものである。呼吸も困難で、血の気もなく、凄まじい悪寒が駆け抜けている。
その体を引きずり、部屋に戻ると、
「輪哥哥、くさぁいっ」
と、子供たちが一斉に、鼻を摘まんだ。
見張りの男など、そんなことは口にも態度にも出さなかったというのに、子供たちは正直である。
「垢だらけの客のペニスを舐めさせられるより……マシだろ……。一回だけ言うから、よく聞けよ……。ぼくの服を脱がせて、体を臭くなくなるまで……拭くこと……。その後は……自分の部屋に戻るから……」
要するに、自分の部屋を、この異臭で満たしたくなかっただけなのである、この少年。
相変わらず、酷い性格である。
「じゃあ、この部屋は?」
子供たちの運命は、かなり悲惨だ。
「んー……」
輪は一応、考え、
「三日間は、ぼくの部屋を一緒に……使わせてやろう……」
考える前に、すんなりと出してほしい答えである。この部屋を臭くしたのは輪なのだから、そうすることが当然だ。
しかし、子供たちは救われた。生気を取り戻し、言われた通りに輪の体を拭き始める。
輪は、その間、寝ているだけである。
空白の五日間の疲労が、一気にのしかかってくるような、そんなけだるい時間であった。
体中が脈打つような、熱と痛みが息づいている。
こんな状態で、彼は、異国からの訪問者たちに立ち向かえる、というのだろうか。すでに火鴉を手に入れている、あの三人に。
「あー、自分の血じゃなくて、他人の血が見たい……」
半ば眠るような口調で、輪は言った。
このところ、彼本来の楽しみ――サディスティックな楽しみから、随分、遠ざかっているのだ。
「血? 輪哥哥、血が見たいの? 血、あるよ。――ホラ、ここ」
と、一人の子供がズボンを降ろし、
「今日、白人のこぉんなでっかいの入れられて、ピリっていって、痛くて、あとで見たら、切れて血が出てた」
と、自分の手で、白人のモノの大きさを再現しながら、輪の顔の前に、小さなお尻を近づける。
「……ありがと」
どうやら、頭痛もして来たようである。
他人がつけた傷など――しかも、強い子供たちが負っている傷など、少しも楽しくないのだ、この少年。
彼が好きなものは、弱いクセに虚勢を張っている人間が、その虚勢を保てず、泣き叫んで哀願する姿である。
強き者には、新なる力を。
弱き者には、さらに惨めな苦しみを。
それが輪の最大の楽しみである。
しばらくすると、子供たちも体を拭き終え――一応、匂いは嗅いでみたが、部屋自体が臭いため、それはあまり役に立たず、輪もゆっくりとしたかったため、適当なところで切り上げて、みんなで輪の部屋へと移動した。
子供たちの中に、輪を担いで連れて行く、という案も持ち上がったが、それは輪の方から辞退した。途中で落とされでもしたら、腰を打つくらいの痛みでは、すまない。
彼の世から戻った者は、物質的世界に触れた途端、時間の限界を超越したツケを支払わされるはずだが、傷の痛みは、五日間の空白を埋め合わせた今でも回復には向かっておらず、余計に悪化しているように思える。恐らく、あの悍ましい地下水路を歩き回ったことが堪えているのだろう。
時間は、午後の二時を指していた。
「七時まで寝るから、その間は静かにして、七時になったら、ぼくを起こすんだぞ……」
自分の部屋のベッドに横たわり、やっと息をついて、輪は言った。
子供たちの部屋より、よほど贅沢な空間である。恐らく、子供たちが二〇人で雑魚寝している部屋よりも、広かったであろう。
子供たちに取っては、自分たちの部屋が臭くなって、そのお陰でこの部屋に来れて、万々歳という訳である。
もし、優しい心を持つ人間が、その光景を見ていたならば、その美しい少年は、この部屋を子供たちに使わせてやりたくて、わざと子供たちの部屋を臭くしたのだ、と言ったに違いない。普段、照れ臭くて見せることが出来ない優しさを、この機会に、そういう形で見せたのだと。
だが、誓って言うが、彼は、そんな優しい人間ではない。純粋に、自分の部屋を臭くしたくなかっただけである。これは覚えておいてもらいたい。
「……時計の読み方、わからない」
七時に起こすように、と言い付けられた子供たちが、言った。
「短い針が〃7〃のところに来たら、七時だ」
「短い方?」
「ああ……。解るだろ?」
「うんっ。――で、〃7〃って、どれ?」
「……。見張りの奴に、七時に起こせ、と言って来てくれ……」
その輪の言葉に、子供たちの表情が、しゅん、と変わった。
輪も、一旦は目を暝ったものの、消沈している子供たちの視線を感じて眠れないのか、
「これが〃7〃だ」
と、その数字を指で示し、それから再び眠りについた。
これも、自分が眠るための行為であって、優しさではない。――多分……。
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