魔窟降臨伝【完結】

竹比古

文字の大きさ
上 下
36 / 65

参陸

しおりを挟む


 幼い子供たちが、美しい少年の官能を舌で搦め捕る様は、限りなく淫らで、妖しいものであったに、違いない。子供たちには、それは禁忌ではなく、当たり前のことでしかないのだ。
 輪はそれを気にせず、紙縒りを挟んだ本のページを捲っていた。子供たちが全員、下半身の方へと集まってしまったために、自分でページを捲っているのである。その表情を見る限りでは、感じているようには、見えない。
 彼は、他人を傷つけ、痛みに泣き叫ぶ姿を見ていなければ、感じることもないのかも知れない。
 何本目かの紙縒りを挟んだページを捲った時、その輪の表情が、やっと変わった。予期しないものを見つけたかのように、鮮やかに瞳を見開いている。そして、何かを考えるように一点を見つめ、その思いを巡らせていた。
「一輪……。天体……」
 低く零した呟きであった。
「この本に紙縒りを挟んだのは誰だ?」
 と、下肢に群がる子供たちへと、問いかける。
「……ぼく」
 七、八歳の幼い子供が、恐る恐る顔を上げた。間違いを指摘されるのではないか、という緊張に、愛らしい面を強ばらせている。
「おいで」
 輪は、その子供を側に招いた。
 小さな足が、タカタカと輪の前へと歩み寄る。
「月や太陽の数え方を知ってるか?」
 輪は、側に来た幼子に問いかけた。
 幼子は、ぶんぶん、と首を振る。
「なら、教えてやろう。ここに書いてあるのがそうだ」
 と、本のページに指先を落とし、
一輪明月イールンミンユエ(一輪の明月)――。太陽も月も、そうやって数える。そして、車輪も同じだ」
「……あんまり、わかんない」
 申し訳なさそうな言葉であった。取り敢えず、怒られる訳ではない、と判ったようだが、理解の域にない輪の言葉に、困ったようにうつむいている。
 彼の理解を得るためには、一つしかない月や太陽を、何故そんな風に数えるのか、というところから教えてやらなければならなかったかも、知れない。
 彼がそこに紙縒りを挟んだのは、月や太陽の数え方と、車輪の数え方が同じだ、と知っていたからではなく、ただ〃輪〃という字があったからに過ぎないのだ。
 そして、最大の要因は、彼が『紙縒りをはさんでおく?』と訊いた時に、意識も朦朧とした輪が『ああ』とうなずいたからであっただろう。
「なら、接吻キスしてやろう」
 輪は、その幼子の首の後ろに手を回し、引き寄せるようにして唇を重ねた。
 触れるだけの接吻キスではなく、舌を使って唇を割り、口の中を犯している。
 これが、この少年の悪いところである。説明するのが面倒だと思うと、こうしてはぐらかしてしまうのだ。
 それでも、その幼子には、何より嬉しいことであったに違いない。
 周りにいる子供たちの表情も、羨ましげに、変わっている。
 舌を差し込まれる幼子も、懸命にその舌に深く吸い付き、唾液を貪り、恍惚たる時間に浸っている。
 もう少し大きな子供たちなら、その接吻キスだけで、精液を弾かせていただろう。
 月か太陽――恐らくそれが、《再生の車輪》の意味なのだ。沈んでは昇り、今日は消えても、明日になれば、また東の空から姿を見せる。それこそ正しく、途切れることのない再生の輪ではないか。
 それに、古代ケルトの民は、太陽信仰であり、太陽の軌道、四季の移り変わりの悠久の円環の動きと同じく、永劫に廻り動いて、生命を転成させて行くのだ、という不変の象徴を、太陽に見ている。
 だが、その太陽が《再生の車輪》だとして、今回のこの九龍城砦の出現に、どう関係している、というのだろうか。地球上のどの世界でも――一時期、極一部の地域を除いて――太陽や月は、毎日、再生を続けている。消えては生まれ、ずっとその輪を繋いでいるのだ。
 太陽が《再生の車輪》であるにしても、それに何らかの力が加わらない限り、この九龍城砦が、その《再生の車輪》の力の片鱗に触れて、再生されたとは思えない。《再生の車輪》の力を使い、この地に九龍城砦を甦らせた何らかの力が、どこかにきっとあるはずなのだ。
「輪哥哥にいっ。輪哥哥にいったらっ。冬青ドンチンが気を失ってるっ」
 見れば、輪の舌に吸い付いていた幼子が、そのあまりの恍惚に、白い世界へと堕ちていた。ぐったりとし、夢現(ゆめうつつ)の面で蕩けている。
 悪魔に魂を吸い取られた人間は、皆そんな恍惚たる表情になるのかも、知れない。
 そのあまりの美貌に、巧みな舌に、魂を売り渡さずにはいられないのだ。
「あー、考え事してたら、忘れてた」
 それでもきっと、悪魔に魅入られた人間は、充分満足するのだろう……。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~

羅心
ファンタジー
 鬼ヶ島にて、犬、猿、雉の犠牲もありながら死闘の末に鬼退治を果たした桃太郎。  島中の鬼を全滅させて村に帰った桃太郎は、娘を授かり桃姫と名付けた。  桃姫10歳の誕生日、村で祭りが行われている夜、鬼の軍勢による襲撃が発生した。  首領の名は「温羅巌鬼(うらがんき)」、かつて鬼ヶ島の鬼達を率いた首領「温羅」の息子であった。  人に似た鬼「鬼人(きじん)」の暴虐に対して村は為す術なく、桃太郎も巌鬼との戦いにより、その命を落とした。 「俺と同じ地獄を見てこい」巌鬼にそう言われ、破壊された村にただ一人残された桃姫。 「地獄では生きていけない」桃姫は自刃することを決めるが、その時、銀髪の麗人が現れた。  雪女にも似た妖しい美貌を湛えた彼女は、桃姫の喉元に押し当てられた刃を白い手で握りながらこう言う。 「私の名は雉猿狗(ちえこ)、御館様との約束を果たすため、天界より現世に顕現いたしました」  呆然とする桃姫に雉猿狗は弥勒菩薩のような慈悲深い笑みを浮かべて言った。 「桃姫様。あなた様が強い女性に育つその日まで、私があなた様を必ずや護り抜きます」  かくして桃太郎の娘〈桃姫様〉と三獣の化身〈雉猿狗〉の日ノ本を巡る鬼退治の旅路が幕を開けたのであった。 【第一幕 乱心 Heart of Maddening】  桃太郎による鬼退治の前日譚から始まり、10歳の桃姫が暮らす村が鬼の軍勢に破壊され、お供の雉猿狗と共に村を旅立つ。 【第二幕 斬心 Heart of Slashing】  雉猿狗と共に日ノ本を旅して出会いと別れ、苦難を経験しながら奥州の伊達領に入り、16歳の女武者として成長していく。 【第三幕 覚心 Heart of Awakening】  桃太郎の娘としての使命に目覚めた17歳の桃姫は神仏融合体となり、闇に染まる関ヶ原の戦場を救い清める決戦にその身を投じる。 【第四幕 伝心 Heart of Telling】  村を復興する19歳になった桃姫が晴明と道満、そして明智光秀の千年天下を打ち砕くため、仲間と結集して再び剣を手に取る。  ※水曜日のカンパネラ『桃太郎』をシリーズ全体のイメージ音楽として執筆しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...