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参陸
しおりを挟む幼い子供たちが、美しい少年の官能を舌で搦め捕る様は、限りなく淫らで、妖しいものであったに、違いない。子供たちには、それは禁忌ではなく、当たり前のことでしかないのだ。
輪はそれを気にせず、紙縒りを挟んだ本のページを捲っていた。子供たちが全員、下半身の方へと集まってしまったために、自分でページを捲っているのである。その表情を見る限りでは、感じているようには、見えない。
彼は、他人を傷つけ、痛みに泣き叫ぶ姿を見ていなければ、感じることもないのかも知れない。
何本目かの紙縒りを挟んだページを捲った時、その輪の表情が、やっと変わった。予期しないものを見つけたかのように、鮮やかに瞳を見開いている。そして、何かを考えるように一点を見つめ、その思いを巡らせていた。
「一輪……。天体……」
低く零した呟きであった。
「この本に紙縒りを挟んだのは誰だ?」
と、下肢に群がる子供たちへと、問いかける。
「……ぼく」
七、八歳の幼い子供が、恐る恐る顔を上げた。間違いを指摘されるのではないか、という緊張に、愛らしい面を強ばらせている。
「おいで」
輪は、その子供を側に招いた。
小さな足が、タカタカと輪の前へと歩み寄る。
「月や太陽の数え方を知ってるか?」
輪は、側に来た幼子に問いかけた。
幼子は、ぶんぶん、と首を振る。
「なら、教えてやろう。ここに書いてあるのがそうだ」
と、本のページに指先を落とし、
「一輪明月(一輪の明月)――。太陽も月も、そうやって数える。そして、車輪も同じだ」
「……あんまり、わかんない」
申し訳なさそうな言葉であった。取り敢えず、怒られる訳ではない、と判ったようだが、理解の域にない輪の言葉に、困ったようにうつむいている。
彼の理解を得るためには、一つしかない月や太陽を、何故そんな風に数えるのか、というところから教えてやらなければならなかったかも、知れない。
彼がそこに紙縒りを挟んだのは、月や太陽の数え方と、車輪の数え方が同じだ、と知っていたからではなく、ただ〃輪〃という字があったからに過ぎないのだ。
そして、最大の要因は、彼が『紙縒りをはさんでおく?』と訊いた時に、意識も朦朧とした輪が『ああ』とうなずいたからであっただろう。
「なら、接吻してやろう」
輪は、その幼子の首の後ろに手を回し、引き寄せるようにして唇を重ねた。
触れるだけの接吻ではなく、舌を使って唇を割り、口の中を犯している。
これが、この少年の悪いところである。説明するのが面倒だと思うと、こうしてはぐらかしてしまうのだ。
それでも、その幼子には、何より嬉しいことであったに違いない。
周りにいる子供たちの表情も、羨ましげに、変わっている。
舌を差し込まれる幼子も、懸命にその舌に深く吸い付き、唾液を貪り、恍惚たる時間に浸っている。
もう少し大きな子供たちなら、その接吻だけで、精液を弾かせていただろう。
月か太陽――恐らくそれが、《再生の車輪》の意味なのだ。沈んでは昇り、今日は消えても、明日になれば、また東の空から姿を見せる。それこそ正しく、途切れることのない再生の輪ではないか。
それに、古代ケルトの民は、太陽信仰であり、太陽の軌道、四季の移り変わりの悠久の円環の動きと同じく、永劫に廻り動いて、生命を転成させて行くのだ、という不変の象徴を、太陽に見ている。
だが、その太陽が《再生の車輪》だとして、今回のこの九龍城砦の出現に、どう関係している、というのだろうか。地球上のどの世界でも――一時期、極一部の地域を除いて――太陽や月は、毎日、再生を続けている。消えては生まれ、ずっとその輪を繋いでいるのだ。
太陽が《再生の車輪》であるにしても、それに何らかの力が加わらない限り、この九龍城砦が、その《再生の車輪》の力の片鱗に触れて、再生されたとは思えない。《再生の車輪》の力を使い、この地に九龍城砦を甦らせた何らかの力が、どこかにきっとあるはずなのだ。
「輪哥哥っ。輪哥哥ったらっ。冬青が気を失ってるっ」
見れば、輪の舌に吸い付いていた幼子が、そのあまりの恍惚に、白い世界へと堕ちていた。ぐったりとし、夢現(ゆめうつつ)の面で蕩けている。
悪魔に魂を吸い取られた人間は、皆そんな恍惚たる表情になるのかも、知れない。
そのあまりの美貌に、巧みな舌に、魂を売り渡さずにはいられないのだ。
「あー、考え事してたら、忘れてた」
それでもきっと、悪魔に魅入られた人間は、充分満足するのだろう……。
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