魔窟降臨伝【完結】

竹比古

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弐玖

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 殺風景なコンクリート壁のその一室には、大きなベッドだけが、置いてあった。部屋自体が広いため、そのベッドの大きさも、そう不自然には感じさせない。
 冷え冷え、というより、じめじめ、という空気が漂っている。それは、その部屋にいる、十数人の男たちのためであっただろうか。広い部屋とはいえ、その人数の男たちがベッドを囲んで体を火照らせていては、蒸れるような空気も漂うのだ。
 そして、血の匂いも、した。ベッドに横たえられる、美しい少年の肢体から漂うものである。
 全裸に剥かれ、その四肢を細い皮紐で、ベッドの四隅に繋がれている。
 真性のサディスト――ルン
 その彼の姿は、男たちの欲望をも掻き立てた。汗を滲ませる面貌はもちろん、色を失くした唇も、しなやかに整えられた傷だらけの肢体も、匂い立つほどの色香を放っている。
 だが、彼が与えられているのは、官能ではなく、苦痛であった。さっきから、執拗なほどに傷口を嬲られ、その激痛に、自らの唇を咬みちぎるほどに、結んでいるのだ。
「ゾクゾクするような表情だな……」
 人は誰も、サディスティックな一面を備えている。他人を傷つけ、それで快感を得ることが出来るのだ。
「さあ、次の弾を取り出してやるぜ。親切に治療してやってるんだから、感謝しろよ」
 治療とは建前、彼らがしていることは、麻酔もかけずに傷口を開き、体内に残っている弾の破片を、いたぶりながら取り出しているだけのことであった。銀色の長い鉗子を傷口に差し込み、レントゲンを見ながら、テレビゲームでもするかのように、異物の影をつかんでいる。
 グっ、と鉗子が、肉を摘まんだ。
「ぐぅっ! あ……う……」
 白い肢体が堅く強ばり、珠のような汗が、滴り落ちる。
 見ているだけで、手のひらに汗が滲むような光景であった。
 歯を食いしばり、悲鳴一つ上げずに耐えているのだ、その少年は。気絶して当然、と思える責め苦の中、気を失うこともせずに、自らの意識を保っている。
 凄まじい精神力であった。
 唇の端から、血が零れた。強く歯を食いしばっているための出血であっただろう。
 きつく結ぶこぶしの中、爪が手のひらに突き刺さり、赤い血の筋を滲ませている。
「もう少し、こっちかな」
 男の手が、乱暴に動いた。
「あぅっ! く……」
 残酷極まりないその治療は、すでに一時間も続いていた。
 その間、何人の男たちが、射精したであろうか。――いや、射精しなかったものなどいない。何度も、白濁した汚液を放っている。
 今も、美しい少年のペニスを銜え込み、懸命に吸い付いている者が、いる。
「随分、頑固な子供だな。命乞い一つ、しないとは」
 椅子に腰掛ける男が、言った。
 チャイニーズ・マフィア、黒社会の首領ドン羅亜忝ローヤーティエンある。高級なスーツを身に纏い、言葉の冷ややかさとは裏腹、熱い眼差しで、食い入るように、輪の苦しむ姿を眺めている。
「殺す前に、一度、召し上がられてみてはどうですか? 九龍城砦の婆婆の元にも、これほどの上玉は他にいませんから」
 傍らに控える、ダーク・スーツの男が、言った。
 羅亜忝の喉が、ゴクリ、と動く。
「それもいいかも知れんな」
 誰もが血の匂いに、狂って、いた。――いや、男たちを狂わせているのは、血の匂いでは、ない。その美しい少年である。悍ましいほどの妖しい美貌も、繊細に鍛え上げられたしなやかな肢体も、男たちを狂わせるに充分な魅惑を放っている。
 そして、男たちは、その美しい少年が、どれほど危険な存在であるのかに、まだ気づいてはいないのだろう。
 彼が、九龍城砦の住人である、ということに。
 赤みがかった瞳が、ゆうるりと、開いた。
 汗の滲む面貌の中、その瞳は、凍りつくほどの戦慄を放っている。
 ハッ、と面を強ばらせたのは、その瞳を見た男たちであった。革紐で繋がれ、立ち上がれるはずもない少年の瞳に、確かに恐怖を感じているのだ。
 口の中が、カラカラに乾いて行くような戦慄を。
 誰もがその雰囲気に息を呑み、ある者は一歩退き、またある者は体を震わせ、その美しい少年の眼差しに、ただ釘付けになっている。
 いつか、その少年を前に、幻のような美しい青年が、こう言ってはいなかっただろうか。
 彼の瞳は、ケルトの神話に出て来る邪眼のバラールを思い起こさせる、と。
 その妖しい眼力で、戦士たちの戦意を喪失させる魔族フォモーレおさを思い起こさせる、と。


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