28 / 65
弐捌
しおりを挟む男はすぐに、女を一人、連れて来た。婆婆の言い付けに逆らうほどの勇気もないのである。
部屋へと姿を見せたのは、脂の乗った、肉欲を誘う女であった。こんな売春窟で客を取らされていれば、もっとくたびれていても良さそうなものだが、胸にも尻にもハリがある。
近代的なオフィス・ビルで、パソコンの前に腰掛けている女よりも、余程健康的な色艶をしていただろう。それは、体にピッタリとしたラインのチャイナ・ドレスや、クマ一つ出来ていない面貌からも、容易に知れた。
普段は、ボサボサの髪に、何回も洗濯をして薄くなった寝間着を着ていようと、客を取る時のその美しい装いは、《城外》の女に、あらゆる点で勝っていた。
もちろん、その美しい衣装代は、稼ぎの中から差し引かれているのだが……。金勘定にも衰えを見せていないのである、この婆婆。
その代わり、つややかな肌を保ち、疲れを取る針治療は、太っ腹に無料である。まあ、それも、客足を計算にいれて、のことなのだろうが――。疲れ切って生気のない女ばかりの売春窟より、艶やかなハリのある女がいる売春窟の方が、流行ることは、誰にでも知り得る。
婆婆の仕切る売春窟が繁盛し、年中、客が途切れず溢れているのも、その婆婆の針のお陰なのだ。だから、女たちも、この婆婆の元で働きたがる。多少――かなりケチでも、美しい肌とハリを保ち、病気にもならずに稼げるのなら、他の置屋よりも条件がいい。
「用って何よ、ナイナイ。まだ昼ごはんの途中なんだよ」
女はハスっぱな口調で、ぶっきらぼうに訊いた。
そんなぞんざいな態度も、普段の婆婆の針治療のお陰で、健康を保っていられるからこその、エネルギーである。
幸せでなくてもいいのなら、この魔窟にも、強く生きて行くための方法はいくらでもあるのだ。
「そこにじっとしてりゃあ、いいよ」
婆婆は、女の言葉を窘めるでもなく、右手を軽く動かした。ピン、と何かを弾くように、軽く動かしただけである。
その婆婆の指先から、極細の針が飛んだことを知る人間は、ただの一人もいなかっただろう。目に見えない、不可視の透き通る細さの針なのだ。
その針は、女の首筋から血管に入り、一つのツボへと向かっていた。――そう。これほどの細い針ともなると、刺さっても痛みを感じないのだ。知らない内に、血管の中へと入り込み、血液の流れに乗りながら、体中どこにでも移動が適う。
女の表情が、見る見る変わった。針がツボに達したのだ。
熱い吐息を口から零し、体を捩らせ、悶えている。
明らかに、欲情している姿であった。今にも自慰に耽りそうな、そんな雰囲気を放っている。――いや、女はすぐに、チャイナ・ドレスのスリットから片手を差し込み、周りのことなど気にも留めず、自らの葩を慰め始めた。
「あ……ああ……っ」
淫らな喘ぎを零しながら、蜜を含む葩の中を、差し込んだ指先で、存分に弄る。人前、ということも忘れ――いや、それよりも体の疼きの方が大きいのか、それは大胆な姿で続いていた。
男の喉が、ゴクリ、と動いた。
「商品に妙な気を起こすんじゃないよ。前を膨らませたって、やらせてやりはしないからね」
いつもの調子でそう言ったのは、言わずと知れた、婆婆である。
婆婆の針が突いたツボは、官能を誘う、あまりに淫らなツボであったのだ。
「ああっ!」
ほど経たずして、一際高い声が、上がった。
それと同時に、女の体が、ふらり、と傾く。
あまりの良さに、気を失ってしまったことは、確かであった。
「商品に怪我をさせたりしたら、承知しないよ」
その婆婆の一声に、足を踏み出したのは、男であった。ハッ、と女の前に手を伸ばし、倒れようとする体を抱き留める。
「ボーっとしてるんじゃないよ、このグズが」
そう言いながら腰を上げ、婆婆は女の前に身を屈めた。
中国服のスリットを割り、下着も何もつけていない下肢を露にする。
だが、何をしようというのか、その婆婆は。
婆婆の指は、女のヘソの辺りを押していた。それから、スゥ、と下に指を滑らせ、茂みの下まで持って来る。
女の溢れさせた愛液は、太ももにまで伝っていた。
男をそそる匂いが、漂っている。
その中、婆婆が次に指を当てたのは、小さな葩の芯であった。その芯を守る薄皮を剥き、赤い蕾を露出させる。
婆婆のもう一方の指先が、その蕾の先を、注意深く摘まみ上げた。
針である。
「連れてお行き」
体内に仕込んだ不可視の針を取り出すと、婆婆は満足げな顔付きで、そう言った。
何とも不気味な姿であった……。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説


Link's
黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。
人類に仇なす不死の生物、"魔属”
そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者”
人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている――
アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。
ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。
やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に――
猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。




会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる