魔窟降臨伝【完結】

竹比古

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弐捌

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 男はすぐに、女を一人、連れて来た。婆婆の言い付けに逆らうほどの勇気もないのである。
 部屋へと姿を見せたのは、脂の乗った、肉欲を誘う女であった。こんな売春窟で客を取らされていれば、もっとくたびれていても良さそうなものだが、胸にも尻にもハリがある。
 近代的なオフィス・ビルで、パソコンの前に腰掛けている女よりも、余程健康的な色艶をしていただろう。それは、体にピッタリとしたラインのチャイナ・ドレスや、クマ一つ出来ていない面貌からも、容易に知れた。
 普段は、ボサボサの髪に、何回も洗濯をして薄くなった寝間着を着ていようと、客を取る時のその美しい装いは、《城外》の女に、あらゆる点で勝っていた。
 もちろん、その美しい衣装代は、稼ぎの中から差し引かれているのだが……。金勘定にも衰えを見せていないのである、この婆婆。
 その代わり、つややかな肌を保ち、疲れを取る針治療は、太っ腹に無料である。まあ、それも、客足を計算にいれて、のことなのだろうが――。疲れ切って生気のない女ばかりの売春窟より、艶やかなハリのある女がいる売春窟の方が、流行ることは、誰にでも知り得る。
 婆婆の仕切る売春窟が繁盛し、年中、客が途切れず溢れているのも、その婆婆の針のお陰なのだ。だから、女たちも、この婆婆の元で働きたがる。多少――かなりケチでも、美しい肌とハリを保ち、病気にもならずに稼げるのなら、他の置屋よりも条件がいい。
「用って何よ、ナイナイ。まだ昼ごはんの途中なんだよ」
 女はハスっぱな口調で、ぶっきらぼうに訊いた。
 そんなぞんざいな態度も、普段の婆婆の針治療のお陰で、健康を保っていられるからこその、エネルギーである。
 幸せでなくてもいいのなら、この魔窟にも、強く生きて行くための方法はいくらでもあるのだ。
「そこにじっとしてりゃあ、いいよ」
 婆婆は、女の言葉を窘めるでもなく、右手を軽く動かした。ピン、と何かを弾くように、軽く動かしただけである。
 その婆婆の指先から、極細の針が飛んだことを知る人間は、ただの一人もいなかっただろう。目に見えない、不可視の透き通る細さの針なのだ。
 その針は、女の首筋から血管に入り、一つのツボへと向かっていた。――そう。これほどの細い針ともなると、刺さっても痛みを感じないのだ。知らない内に、血管の中へと入り込み、血液の流れに乗りながら、体中どこにでも移動が適う。
 女の表情が、見る見る変わった。針がツボに達したのだ。
 熱い吐息を口から零し、体を捩らせ、悶えている。
 明らかに、欲情している姿であった。今にも自慰に耽りそうな、そんな雰囲気を放っている。――いや、女はすぐに、チャイナ・ドレスのスリットから片手を差し込み、周りのことなど気にも留めず、自らのはなを慰め始めた。
「あ……ああ……っ」
 淫らな喘ぎを零しながら、蜜を含む葩の中を、差し込んだ指先で、存分にいじる。人前、ということも忘れ――いや、それよりも体の疼きの方が大きいのか、それは大胆な姿で続いていた。
 男の喉が、ゴクリ、と動いた。
「商品に妙な気を起こすんじゃないよ。前を膨らませたって、やらせてやりはしないからね」
 いつもの調子でそう言ったのは、言わずと知れた、婆婆である。
 婆婆の針が突いたツボは、官能を誘う、あまりに淫らなツボであったのだ。
「ああっ!」
 ほど経たずして、一際高い声が、上がった。
 それと同時に、女の体が、ふらり、と傾く。
 あまりの良さに、気を失ってしまったことは、確かであった。
「商品に怪我をさせたりしたら、承知しないよ」
 その婆婆の一声に、足を踏み出したのは、男であった。ハッ、と女の前に手を伸ばし、倒れようとする体を抱き留める。
「ボーっとしてるんじゃないよ、このグズが」
 そう言いながら腰を上げ、婆婆は女の前に身を屈めた。
 中国服チャイナドレスのスリットを割り、下着も何もつけていない下肢を露にする。
 だが、何をしようというのか、その婆婆は。
 婆婆の指は、女のヘソの辺りを押していた。それから、スゥ、と下に指を滑らせ、茂みの下まで持って来る。
 女の溢れさせた愛液は、太ももにまで伝っていた。
 男をそそる匂いが、漂っている。
 その中、婆婆が次に指を当てたのは、小さな葩の芯であった。その芯を守る薄皮を剥き、赤い蕾を露出させる。
 婆婆のもう一方の指先が、その蕾の先を、注意深く摘まみ上げた。
 針である。
「連れてお行き」
 体内に仕込んだ不可視の針を取り出すと、婆婆は満足げな顔付きで、そう言った。
 何とも不気味な姿であった……。


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