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弐陸
しおりを挟むだが、瞬く間に顔や胸を染めて行く血飛沫の中、輪は不満そうに唇を歪めていた。
血飛沫を上げている男たちは、三人。いずれも、六人の中で前に立っていた者たちだけである。数歩後ろにいた者たちは、喉から血飛沫を上げることもなく、掠り傷程度の傷で、済んでいる。もとより、前にいた男たちの首も、最後まで斬り落とされてはないのだ。皮一枚で、繋がっている。
それが、不満なのだ、その美しい少年は。
「やっぱり、投げ放たなきゃ、離れた相手には無理か。最大近づけて、三メートル半。その距離じゃあ、耳を塞いでも竪琴の音は聞こえるよなぁ」
と、敵を前にしながら、のんびりと腕を組んで、考えている。――いや、彼に取っては、目の前のチンピラなど、敵ではないのだ。飽くまでもただの実験台である。
ちなみに、さっき実験台にしようとしていた男は、今の内に、と路地へと姿を消していた。
こんな危険があっても、彼らはこの九龍城砦から出て行かないのだ。どこへ行こうと、彼らを受け入れてくれる場所がないのである。
「クソォっ、このガキが!」
突然の血飛沫に茫としていた男たちも、やっと我に返ったのか、手の中の銃を、輪へと向けて握り直した。
ハエの止まりそうな――どころか、一泊くらいしてしまいそうな動きである、輪に取っては。
ネイルを装備する繊手を構え、輪は男たちへと一線を放った。――いや、放とうとした刹那であった。
グワっ、と背後から、波のような波動が押し寄せた。
赤みがかった髪が揺れ、それが錯覚でないことを、視覚に告げる。もちろん、それを確かめるまでもなく、〇.五秒前に、輪もその気配に気づいていた。
波動を送った者たちの正体に。
敵はかなり離れた場所にいる。
それを知った刹那、輪の周囲、半径五メートルの地表に、ポッカリと黒い穴が空いた。
深さすら知れない、奈落への門である。
足元の地面が突如、無くなり、輪は、ハッ、として瞳を見開いた。
杖を持つ魔法使いの姿が、遠くの雑居ビルの屋上に、垣間見える。
だが、それ以上を見ることもなく、輪の体は、底などない深淵の奈落へと飲み込まれていた。
急速な落下、吹き付ける風、舞い上がる髪――。
数秒と経たず、地表は小さな穴となった。
すでに、かなりの距離を落ちているのだ。
それでも落下は止まらない。このままのスピードで底に叩きつけられれば、間違いなく体は原型を止めず、破壊し尽くされてしまうだろう。
それとも、このまま永遠に底に辿り着くことなく、堕ち続けて行くのだろうか。
そんなことを考えていた刹那であった。弾けるような音が、闇に響いた。
銃声である。
全部で六発。
その内の五発は、輪の体に激しい衝撃で食い込んでいた。肩に一発、胸に一発、脇に一発、腹部に二発――。残る一発は、頬を掠めて、逸れていた。
「くっ!」
駆け抜けた衝撃に体を折り、輪は地表に膝をついた。
堕ちて、などいないのだ。地表には穴も空いておらず、他に変わった様子も何もない。輪はずっと、九龍城砦の路上――チンピラたちの前に立っていたのだ。輪が、堕ちた、と思っていたあの感覚は、めくらましの魔法によるものだったに違いない。その幻覚を見せられている間に、チンピラたちの弾を喰らったのだ。
「く……。自分の手を汚したがらない……偽善者どものやりそうなことだ……」
熱く焼け付く傷を押さえ、輪は忌ま忌ましげに吐き捨てた。
しかし、その体は立ち上がることさえ出来ないほどに、深く数箇所に渡って傷ついている。
「フンっ。銃に適うとでも思っていたのかい、お嬢ちゃん。そのきれいな顔を撃ち抜いてやらなかっただけでも、感謝するんだな」
男たちは、満足げな顔で、路上に倒れる輪を見据えた。己の腕で輪を倒した、とでも思っているのだろう。
「さあ。死ぬまでたっぷりと可愛がってやるぜ。それが、おまえに殺された者たちへの弔いだ」
がっちりとした腕が、輪をつかむ。二人が両側から輪を抱え、残る一人がまだ銃を手に後に続く。
輪に抗うことは、出来なかった。
血の跡だけが、車に乗るまで続いていた……。
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