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弐肆
しおりを挟む結局、異国の三者が探し求めている《再生の車輪》がどんなものであるのかは、考えを巡らせてみても何も解らず、時間だけが刻々と過ぎていた。
もちろん、何の手も思いつかなかった訳では、ない。向こうが見つけてから、それを横取りする方法もあるし、他にも――まあ、何かあるだろう。
そして、横取りするには、四六時中、彼らの行動を見張っていなくてはならないのだが、この九龍城砦には、輪や婆婆の言うことを利く者など、五万といる。その者たちに、異国の三者を見張らせれば済むことである。
しかし、それには問題もあった。三者を見張らせていた者たちが、悉く巻かれて、その姿を見失ってしまうのだ。
めくらまし――魔法使いの初歩の魔法である。幻影を見せ、それを尾行者に追わせることなど、彼らには容易いことなのだ。
ある一日など、九龍城砦のどこを見渡しても、その三者の姿が見えた日があった。
そこで、その方法は取りやめになった。
次に考えついたことが、夜襲と背後からの不意打ちである。幻覚を追い駆けさせられる前に、その三者を襲うのだ。三人の内、一人でも人質に取れれば、それでいい。後は、婆婆の針を使って――もしくは、輪の拷問で、いくらでも《再生の車輪》のことを喋らせることは出来る。
もちろん、殺してしまってもいい訳だが、その前に車輪を見つけ、それが誰の手にも渡らないよう、安全な場所へ封じ込めておかなくてはならない。またいつ、その《再生の車輪》を求めて、この九龍城砦を消そうとする者が現れるか解らないのだ。どうしても車輪のことを訊き出して、それを隠してしまうことは必要である。
しかし、敵もやはり用心深く、三人が別々に行動することもなく、早、一週間が経っていた。
その間に考えた次の手段が、地道な資料集めである。自ら、《再生の車輪》のことを調べる、という結論だ。
「あーあ、おまえらも字が読めりゃあいいのにな。そうすりゃ、資料集めももっと捗るんだ」
売春窟の一室で、膨大な量の本を広げ、輪は、周りで物珍しそうにしている子供たちに、愚痴を零した。
子供たちは、シュン、と申し訳なさそうに、うつむいている。
「今は読み書き計算が出来なきゃ恥ずかしいんだぜ。数の数え方だって、知ってた方が便利だし――。ナイナイに稼ぎをごまかされなくて済むしさ」
ここにいる女子供のほとんどが文盲で、数の数え方さえロクに知らない。
「だって、誰も教えてくれない……」
「じゃあ、教えてやるから、この字を探すんだ。《輪子》と《Wheel》――。この字が書いてあるところに、この紙縒りを挟んでおくんだぞ。後でぼくが見るから」
「はいっ」
こうして、面倒臭い資料集めを子供たちに押し付け、輪が売春窟を後にしたのは、ついさっきのことである。
厭なことは子供たちに押し付け、自分の都合の良い時だけ構ってやる、という酷い性格なのだが、それでも子供たちは結構、楽しそうである。もちろん、輪のことを嫌ってもいない。
案外、子供好きするのかも知れない、この少年。
まあ、子供は正直で、きれいなものや、危険なものには、人一倍好奇心を向けるのだが。
「さあて」
銀色のネイルを嵌めた指を持ち上げ、輪は、三メートル先にある看板を見据えた。路地の壁に掛かっている、もぐりの医師のものとしか思えない看板である。
それを前に斜に構え、繊手を一線に走らせる。
ヒュン、と風が音を立てた。もちろん、手の動きなど見えない速さでの一薙だからこそ、立つ音である。
銀色の光だけが、残像となって、後に残る。――いや、ピシ、という微かな音を立て、壁に掛かる看板が、真ん中辺りから二つに裂けた。
斬った、というのか、その少年は。手など届く距離ではないというのに、その繊手とネイルが放つ太刀風だけで、看板を。
何という少年なのだろうか、彼は。
切り裂かれた看板の半分が地面に落ち、路地の陰から、
「ひっ」
と、短い悲鳴が聞こえた。
男である。麻薬中毒者かアルコール中毒者、もしくは浮浪者なのであろう。不法入国者か犯罪者かも、知れない。突然、落ちた看板と、それを斬った美しい少年を見て、今の悲鳴を上げたのだ。腰を擦るように後ずさり、恐怖を瞳に焼き付けている。
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