魔窟降臨伝【完結】

竹比古

文字の大きさ
上 下
22 / 65

弐弐

しおりを挟む

 ビーン、と何かが震えるような音が、した。
「何だ?」
 輪は――婆婆も、その音を聞いて、眉を寄せた。
 不思議な旋律であった。――いや、韻律、とでもいうのだろうか。
 声の高低、強弱、抑揚……全てに魂が宿って行く。
 また、ビーン、と音が震えた。
 竪琴だ。
 吟遊詩人バードトルウの手にする竪琴が、染み渡るような韻律に応え、共鳴し、自ら弦を震わせている。
 キン、と刹那、澄み渡るような音が、美しく弾けた。
 しかし、何が起こったというのであろうか。
 見よ、きらめく光が降るように、三者の体に埋め込まれていた針が、千々に砕けて塵と化して行くではないか。
「へぇ……」
 輪は、その光景を前にして、感心するような声を零した。
 針の呪縛から解放された三人は、薄い笑みを浮かべている。
「その若者、ただの吟遊詩人バードではないね」
 婆婆は訊いた。
 口さえ利けない状態で、鼻歌のような韻律を操り、神経を束縛している針の呪縛を、いとも容易く破ったのだ。ただの吟遊詩人であるはずもない。 
「いかにも」
 賢者カフヴァは悠然とうなずき、
「この者は、魔法使いドルイドの中でも稀有の存在。神話や歴史、法を詩歌として記憶し伝承する時の太初(はじめ)の言葉を知る者。自然と共鳴することで、大いなる力を操るところは、万物の名を知り、それを利用できる魔法使いドルイドと同じではありますが」
 白い髭が、満足げに揺れた。
「心臓の動きも止めたり出来る、ってか?」
「本来はそのようなことに使う力ではないが、それがここでのやり方なら」
入郷随郷ルーシアンスイシアン、か。――ケルトの諺にも、こんなのある? 郷に入っては郷に従え、っていう意味だけど」
 この少年、何を考えているのか解らない。
「早々にこの城砦を立ち退かれるがよい。我らの目的は、飽くまでもこの異質の地。人を殺める積もりはない」
 輪の問いは、どうやらすっかり無視されてしまったようである。
「ここが異質なのは、今に始まったことじゃないさ」
 無視されたことに腹を立てた訳ではないだろうが、言うなり輪は、ポケットに差し込む片手を抜き、銀色の爪を閃かせた。
 鋭い切っ先を持つ美しい武器、ネイル。
 それを、吟遊詩人の竪琴に向けて、投げ放つ。投げることによっても、その武器は充分な効果を発揮するのだ。竪琴の弦など、あっと言う間に二つに切り裂く。
 だが――。
 キン、と音がきらめいた。ネイルが弦に触れた途端、それが千々に砕けたのだ。空気に染み渡るきらめきに、さっきの針と同じよう、ネイルは塵と化して砕け散った。
 何という竪琴――いや、歌なのであろうか。 部屋の隅々にまで浸透している呪歌は、竪琴の音に共鳴して、物質を瞬時に消し去るのだ。――いや、消し去るのではなく、原子レベルにまで物質を還元させてしまうのかも知れない。1を0にすることは不可能でも、1を分解してしまうことは可能なのだ。ネイルも針も消えた訳ではなく、不可視の物質として変えられてしまったのだろう。太初の言葉―― 自然と調和する呪歌の力で。
「へェ……」
 また感心するような声を零し、
「確かに、遊び道具にはなりそうもないな」
 輪は言った。
 怖じけづいている様子がないところを見ると、彼にしてもさっきの攻撃は、挨拶程度のものでしかなかったのだろう。
「人を殺める積もりはないが、それが身を守るためなら致し方あるまい。今度はこちらから行かせてもらう」
 白髭の賢者、カフヴァの杖が、攻撃の形に持ち上がった。
 だが――。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...