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弐弐
しおりを挟むビーン、と何かが震えるような音が、した。
「何だ?」
輪は――婆婆も、その音を聞いて、眉を寄せた。
不思議な旋律であった。――いや、韻律、とでもいうのだろうか。
声の高低、強弱、抑揚……全てに魂が宿って行く。
また、ビーン、と音が震えた。
竪琴だ。
吟遊詩人トルウの手にする竪琴が、染み渡るような韻律に応え、共鳴し、自ら弦を震わせている。
キン、と刹那、澄み渡るような音が、美しく弾けた。
しかし、何が起こったというのであろうか。
見よ、きらめく光が降るように、三者の体に埋め込まれていた針が、千々に砕けて塵と化して行くではないか。
「へぇ……」
輪は、その光景を前にして、感心するような声を零した。
針の呪縛から解放された三人は、薄い笑みを浮かべている。
「その若者、ただの吟遊詩人ではないね」
婆婆は訊いた。
口さえ利けない状態で、鼻歌のような韻律を操り、神経を束縛している針の呪縛を、いとも容易く破ったのだ。ただの吟遊詩人であるはずもない。
「いかにも」
賢者カフヴァは悠然とうなずき、
「この者は、魔法使いの中でも稀有の存在。神話や歴史、法を詩歌として記憶し伝承する時の太初(はじめ)の言葉を知る者。自然と共鳴することで、大いなる力を操るところは、万物の名を知り、それを利用できる魔法使いと同じではありますが」
白い髭が、満足げに揺れた。
「心臓の動きも止めたり出来る、ってか?」
「本来はそのようなことに使う力ではないが、それがここでのやり方なら」
「入郷随郷、か。――ケルトの諺にも、こんなのある? 郷に入っては郷に従え、っていう意味だけど」
この少年、何を考えているのか解らない。
「早々にこの城砦を立ち退かれるがよい。我らの目的は、飽くまでもこの異質の地。人を殺める積もりはない」
輪の問いは、どうやらすっかり無視されてしまったようである。
「ここが異質なのは、今に始まったことじゃないさ」
無視されたことに腹を立てた訳ではないだろうが、言うなり輪は、ポケットに差し込む片手を抜き、銀色の爪を閃かせた。
鋭い切っ先を持つ美しい武器、ネイル。
それを、吟遊詩人の竪琴に向けて、投げ放つ。投げることによっても、その武器は充分な効果を発揮するのだ。竪琴の弦など、あっと言う間に二つに切り裂く。
だが――。
キン、と音がきらめいた。ネイルが弦に触れた途端、それが千々に砕けたのだ。空気に染み渡るきらめきに、さっきの針と同じよう、ネイルは塵と化して砕け散った。
何という竪琴――いや、歌なのであろうか。 部屋の隅々にまで浸透している呪歌は、竪琴の音に共鳴して、物質を瞬時に消し去るのだ。――いや、消し去るのではなく、原子レベルにまで物質を還元させてしまうのかも知れない。1を0にすることは不可能でも、1を分解してしまうことは可能なのだ。ネイルも針も消えた訳ではなく、不可視の物質として変えられてしまったのだろう。太初の言葉―― 自然と調和する呪歌の力で。
「へェ……」
また感心するような声を零し、
「確かに、遊び道具にはなりそうもないな」
輪は言った。
怖じけづいている様子がないところを見ると、彼にしてもさっきの攻撃は、挨拶程度のものでしかなかったのだろう。
「人を殺める積もりはないが、それが身を守るためなら致し方あるまい。今度はこちらから行かせてもらう」
白髭の賢者、カフヴァの杖が、攻撃の形に持ち上がった。
だが――。
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