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拾参
しおりを挟む上の階にも見張りが立ち、輪の姿を認めると、目を合わせないように、視線を落とした。
ここでは誰もがそうするのだ。自分より強いものとは、目を合わせないようにするのが知恵であり、生き残るための術でもある。目を合わせたが最後、いつ襲い掛かられるか判らないのだ。
輪は、そんな見張りの態度も気にせずに、昔懐かしい部屋へと向かっていた。
ここは、子供たちが押し込まれている一角であり、他にも、女たちや、男娼たちの部屋がある。
輪の部屋がここにあるのは、大人たちが彼に近寄りたがらないためであった。もちろん、当人たちは、そんなことを口に出しては言わないが、それを察する婆婆の計らいである。もとより、輪は極たまにしかここへ戻って来ないのだから、部屋があるだけでも不思議なくらいである。
輪が自分の部屋――個室へと向かう中、一つの部屋から子供の泣き声が聞こえて来た。布だけが入り口に掛かる、殺風景な部屋である。
そして、それは、輪の注意を引くのに、充分なものであったらしい。
輪は、その部屋の入り口に掛かる布を捲り上げ、薄汚く暗い部屋の中を覗き込んだ。
泣いているのは、七、八歳の幼子である。
ここでは、泣く子供など珍しくもないが、その大半は、誘拐やレイプされて連れて来られたり、もしくは、両親を殺されたり、貧しい生活の中、両親に売り飛ばされて来た子供たちであり、ここで生まれ育った者は、泣きもしない。特に、母親を呼んで泣く子供など、滅多にいない。貧しければ、子供が働くのは当然であり、売られることも当然なのだ。
狭い部屋の中には、六、七人の子供たちがいた。全て男の子で、別室にいる女の子の数より、ずっと少ない。もちろん、この人数が、この売春窟にいる幼子の全てではなく、客のない日は、二、三〇人の子供たちが溢れていたりする。今、見かけない顔触れは、別室で客の相手をしているのだろう。
「こーらっ。ぼくがいる時は煩くするなよ。ぼくはこれから寝るんだぞ」
どうやら、彼の注意を引いたのは、泣く子供ではなく、自分が煩くて眠れなくなるかも知れない、ということの方であったらしい。
絶世の美貌を園長先生のように歪めて、輪は言った。
そんなのんびりとした口調も、彼の一面であっただろう。
「あ、輪哥哥(にーちゃん)」
子供たちが、輪の存在に気づいて、頬を染めた。
そんな幼子たちの頬さえ上気させてしまうのだ、彼は。
彼の類い稀なる妖しい美貌は、肉欲など知らない幼子たちでも、恍惚とさせてしまうのだろう。
だが、しゃくり上げながら泣きじゃくっている子供には、その限りではない。涙で前が見えないこともあるし、うつむいたままでは、顔も見えない。
「ママが恋しい、ってか?」
薄汚い部屋に入り、輪は周りの子供たちに問いかけた。
ここには、六歳から十一歳くらいまでの子供たちが、集まっている。
「こいつ、もう九つになるから、客を取らなきゃならないんだ。それが怖いからイヤだって――。こいつ、本土から売られて来た奴だからさぁ」
すでに九つになっているらしき子供が、そう言った。
だが、泣いている子供も、その子供も、自分で名乗っている年より、幼く見える。多分、数の数え方を知らないのをいいことに、婆婆に、もう九つになった、とでも言われているのだろう。もちろん、ここではそれが日常だが。
そして、毎日、昼となく夜となく聞こえて来る、女子供の啼き声を聞いていれば、それを怖がる子供がいても当然だろう。生まれた時からここにいる子供はともかくとして、誘拐されて来たり、売られて来たりした子供は、ここの悍ましさと、聞こえて来る声の気味の悪さに、化け物の姿を想像するのだ。
特に、婆婆の姿は子供たちを脅えさせ、生まれながらにここで暮らしている子供たちでさえ、まだ完全に慣れてはいない。
「ふーん。痛いのを我慢してりゃあ、その内、痛い目に遭わせてやることも出来るさ」
舌舐めずりするように、輪は言った。
普通の人間とは、慰め方も違う。
子供たちは、その輪の姿に憧れるよう、ぽー、と頬を染めている。
ここでは狂気は、隔離されるべき異質のものではあり得ないのだ。輪のような存在こそ、まだ力のない幼子たちの憧れである。
「ぼくも輪哥哥みたいになれるかなぁ」
六つか七つくらいの子供が、輪を見上げて恍惚と言った。
まだ幼すぎて客の取れない彼らの仕事は、掃除や洗濯、鶏や豚の餌やり……そういった雑用ばかりである。
「九龍城砦じゃあ、誰がどういう風になろうと不思議じゃないさ」
輪は言い、
「流芳」
と、ここでは一番年長らしき、十一歳前後の子供を側に呼んだ。
流芳、と呼ばれた少年の頬が、ポッ、と染まる。
「もう精通があるんだって?」
その問いかけに、恥ずかしそうに、コクリ、とうなずく。
「おいで」
流芳の足が、輪の手招きに応じて、さらに近く――腕の中へとおずおずと進んだ。
期待に胸を膨らませるよう、幼い体を疼かせている。
妖しく、魅惑に満ちた匂いが、広がった。
美貌が――。
その少年の美貌が、そうさせるのだ。
赤みがかった不思議な瞳が。
彼が身に持つ雰囲気が。
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