魔窟降臨伝【完結】

竹比古

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「ここだよ」
 一つの部屋を前にして、少年は手垢に塗れたドアを開いた。
 中は、簡素なベッドが置いてあるだけの、薄汚い空間である。
 雑居ビルの中の一室であった。
 もちろん、ここへ来るまでには、もっと薄汚いものを、幾つも見かけた。そこかしこに転がる不具な人間はもちろん、もぐりの医者の看板や、腐臭を放つドブネズミ、男たちの怒鳴り声、女たちの叫び声、子供たちの喚き声、静寂……不気味と思えるあらゆるものが、このカスバに存在していた。
「相変わらず気味の悪い場所だぜ、ここは。どこを見ても、この世のものとは思えないものが転がってやがる」
 無事、部屋へ辿り着けたことへの安堵からか、男はホッとしたような顔で、唇を歪めた。
 過去に来たことがある、と言っても、それは一、二回のことで、まだ慣れてはいないのだろう。
 第一、今の九龍城砦は、取り壊し前の九龍城砦とは、違っている。建物や住人は同じでも、何かが違うと思わせるのだ。
 人が造った魔窟と、人外の力で創られた魔窟の違い、であっただろうか。
「まあ、この魔窟で稼ぐオレたちには、ここが甦って万々歳なんだが――。汚い金を生み出すことにかけちゃあ、ここは警察当局の手の入らない最高の場所だ。――おまえも、街娼なんかやってないで、オレたちの堂口が仕切る売春窟で稼いじゃどうだい? そのきれいな顔だ。今の何倍も稼げるぜ」
 と、少年の小さな顎に、指をかける。
 赤みがかった妖しい瞳が、黄昏の微笑を美しく飾った。
 男の表情が、恍惚と溶ける。
「街娼にしておくにはもったいねぇな……。何なら、オレが面倒をみてやるぜ」
 と、無骨な唇を重ね合わせる。
 薄紅色の美しい唇を舌で割り、男はねっとりとした唾液を絡みつかせた。
 それは、阿片アヘンにも似た恍惚であっただろうか。
 男の股間はそそり立ち、ズボンの前を膨らませている。
 じわじわと滴が滲んでいる。
 黒のランニングから伸びるしなやかな腕が、男の股間へ、ゆうるりと、降りた。完璧に整えられた指先が、その膨らみを、そっ、と撫でる。
 刹那、男の尻が、ヒクついた。
「うっ」
 と短い呻きを零し、ズボンの前にシミを作る。
 射精、であった。
 少年の指になぞられただけで、男は呆気なく果てたのだ。
「生憎、ぼくは九龍城砦の住人だ……。《城外》へは行かないし、あんたのものにもならない」
 少年は、妖しい眼差しでそう囁き、ベッドの下から、怪しげな革紐ベルトを取り出した。その少年の瞳の色にも似た、赤みがかった拘束具である。それを手に取り、まだ射精後の恍惚に浸っている男の四肢に、巻き付ける。革紐の金具を止めるのを見ても、男は抵抗もしなかった。
 そこから少年が案内した先は、ベッドであった。
 そのベッドに男を寝かせ、ベッドの四隅に、男の四肢を繋いでいる革のベルトを固定する。
 男は無防備な姿で、そこにいた。
「遊びはこれからだよ。まだ、ぼくが楽しんでいない……」


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