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弐
しおりを挟むそれから二週間――。
悍ましいビル群が建ち並ぶ中、一人の少年が歩いていた。
辺りを染める黄昏のせいだけではなく、鮮やかな輝きを放つ怜悧な瞳や、その瞳にかかるクセのない髪は、赤みを帯びて輝いている。
美しい少年であった。戦慄が走るほどの面貌は、英国人との混血であることを裏付けるものであっただろう。深い影を落としている。
まだ線の細い体躯も、小柄な印象を与えるが、決してひ弱な印象は与えない。全てがしなやかに鍛えられ、美しいラインを描いている。
十七、八歳であろうか。
香港の一番長い夏、それに相応しい黒のランニングと、同色のハイ・ウエストのボトムを身につけている。
そして、見るがいい。ビルの陰に蹲る麻薬中毒者たちや、路上に転がる浮浪者たちが、その少年のあまりの麗容に、また、周囲を取り巻く雰囲気に、恍惚と頬を染めているではないか。
顔にアザを持つ女も、片足のない男も、鼻の頭が草履にくっつきそうなほどに腰の曲がった老人も、全て、その少年の美しさに見惚れている。心酔している、と言ってもいい。
だが、誰一人として、彼に近づこうとする者は、いなかった。見つめてはいるが、決して目を合わせようとは、しない。
解っているのだ、彼らは。
その少年が、どれほどこの魔窟に相応しい存在であるのか。
彼に近づくことが、どれほど恐ろしい結果をもたらすものであるのかが。
彼は、この魔窟で生まれ育った、魔窟そのものの存在であるのだ。
ここを故郷とする人間なら、彼に近づこうとはしないだろう。
だが、《城外》から訪れる人間は、その限りでは、ない。その少年の麗容に、妖しいまでの雰囲気に、惹き寄せられるままに、近づいて行く。女や子供を買いに来る男たちはもちろん、薬や武器を買いに来る者たちも。
今日も、また、同じであった。
チンピラのような雰囲気の男が――いや、事実、チンピラであろう男が、その少年の前に立ち塞がった。
顔立ちからして、客家系堂口(組織)の人間だろう。普通の中国人のように、丸顔に団子っ鼻、という風貌ではなく、鼻筋の通った、北方の漢民族特有のきつい顔立ちをしている。
彼ら客家人は革命的な民族で、政治経済の中心に多く名を連ね、いくつもの歴史に名を残す、優秀な民族であるという。
一八五四年八月十九日、清朝が九龍城砦を竣工した七年後に、彼ら客家系堂口は、この城砦を占領したのだ。もちろん、それからずっと彼らのものであった、という訳ではない。清軍はすぐに反撃をして、九龍城砦を奪還している。
そして、それから月日は経ち、度重なる強制取り壊しと、戦争による英国、日本軍の取り壊しによって、太平洋戦争終了時、最早、一目瞭然たる九龍城砦は存在しなくなっていたが、その頃からここは、悪の温床となり始めたのだ。
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