魔窟降臨伝【完結】

竹比古

文字の大きさ
上 下
2 / 65

しおりを挟む

 それから二週間――。
 悍ましいビル群が建ち並ぶ中、一人の少年が歩いていた。
 辺りを染める黄昏のせいだけではなく、鮮やかな輝きを放つ怜悧な瞳や、その瞳にかかるクセのない髪は、赤みを帯びて輝いている。
 美しい少年であった。戦慄が走るほどの面貌は、英国人との混血ハーフであることを裏付けるものであっただろう。深い影を落としている。
 まだ線の細い体躯も、小柄な印象を与えるが、決してひ弱な印象は与えない。全てがしなやかに鍛えられ、美しいラインを描いている。
 十七、八歳であろうか。
 香港の一番長い夏、それに相応しい黒のランニングと、同色のハイ・ウエストのボトムを身につけている。
 そして、見るがいい。ビルの陰に蹲る麻薬中毒者ジャンキーたちや、路上に転がる浮浪者たちが、その少年のあまりの麗容に、また、周囲を取り巻く雰囲気に、恍惚と頬を染めているではないか。
 顔にアザを持つ女も、片足のない男も、鼻の頭が草履にくっつきそうなほどに腰の曲がった老人も、全て、その少年の美しさに見惚れている。心酔している、と言ってもいい。
 だが、誰一人として、彼に近づこうとする者は、いなかった。見つめてはいるが、決して目を合わせようとは、しない。
 解っているのだ、彼らは。
 その少年が、どれほどこの魔窟に相応しい存在であるのか。
 彼に近づくことが、どれほど恐ろしい結果をもたらすものであるのかが。
 彼は、この魔窟で生まれ育った、魔窟そのものの存在であるのだ。
 ここを故郷とする人間なら、彼に近づこうとはしないだろう。
 だが、《城外》から訪れる人間は、その限りでは、ない。その少年の麗容に、妖しいまでの雰囲気に、惹き寄せられるままに、近づいて行く。女や子供を買いに来る男たちはもちろん、ドラッグや武器を買いに来る者たちも。
 今日も、また、同じであった。
 チンピラのような雰囲気の男が――いや、事実、チンピラであろう男が、その少年の前に立ち塞がった。
 顔立ちからして、客家ハッカ系堂口(組織)の人間だろう。普通の中国人のように、丸顔に団子っ鼻、という風貌ではなく、鼻筋の通った、北方の漢民族特有のきつい顔立ちをしている。
 彼ら客家人は革命的な民族で、政治経済の中心に多く名を連ね、いくつもの歴史に名を残す、優秀な民族であるという。
 一八五四年八月十九日、清朝が九龍城砦を竣工した七年後に、彼ら客家系堂口は、この城砦を占領したのだ。もちろん、それからずっと彼らのものであった、という訳ではない。清軍はすぐに反撃をして、九龍城砦を奪還している。
 そして、それから月日は経ち、度重なる強制取り壊しと、戦争による英国、日本軍の取り壊しによって、太平洋戦争終了時、最早、一目瞭然たる九龍城砦は存在しなくなっていたが、その頃からここは、悪の温床となり始めたのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。

すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!? 「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」 (こんなの・・・初めてっ・・!) ぐずぐずに溶かされる夜。 焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。 「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」 「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」 何度登りつめても終わらない。 終わるのは・・・私が気を失う時だった。 ーーーーーーーーーー 「・・・赤ちゃん・・?」 「堕ろすよな?」 「私は産みたい。」 「医者として許可はできない・・!」 食い違う想い。    「でも・・・」 ※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。 ※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 それでは、お楽しみください。 【初回完結日2020.05.25】 【修正開始2023.05.08】

処理中です...