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番外編 隻眼の獅子(リオン)
隻眼の獅子 2
しおりを挟む大隊副官であるハーヴェイ中尉と、大隊長付きのメイソン上級軍曹は、その隻眼の獅子の背中を見送り、
「あの人、こんなところに来なくても、上流階級出身なんだし、普通に出世出来るでしょう?」
大隊長付き――つまり、大隊長となった隻眼の獅子の直属の部下たるメイソン上級軍曹は、言った。
隻眼の獅子と呼ばれるリオン少佐と違って、叩き上げの彼、メイソン上級軍曹の階級は、一生努力をしても、大尉までが限界である。
大学卒業後、陸軍士官学校在学中に中尉の階級をもらい、卒業と同時に大尉に昇格し、伯爵家との縁組で、黙っていてもその後の佐官への昇格も確実だったというのに、わざわざこのアフガンに来て――その上、瞬く間に少佐に昇りつめた隻眼の獅子とは違うのだ。
もちろん今は、その隻眼の獅子たる大隊長付きの上級軍曹として、彼もそれなりの手当てをもらっているのだが。
「普通に出世したくないから来たんだろ」
大隊副官であるハーヴェイ中尉が言った。
もちろん、どんな理由があって、王室騎兵隊から転属して来たのかは知らないが、余程の馬鹿か、自分に自信がある者でもなければ、そんな理解不能な行動は取るまい。
「――って、何で帰国休暇前のこんな日にオフをもらってるんだ、あの人は?」
ハーヴェイ中尉は言った。
「知らないんですか? 大隊長室の執務机に飾ってある写真の人への土産選びですよ」
「はあっ?」
メイソン上級軍曹の応えに、そんな間の抜けた声が出てしまったのも、無理のないことであっただろう。
――あの隻眼の獅子が、愛する家族への土産選び?
「さすがの隻眼の獅子も、伯爵家には気を遣う、という訳か」
隻眼の獅子自身も上流階級の出身――陸軍大将、サー・アーサー・ソアーの孫ではあるが、結婚相手は代々続く由緒ある伯爵家の直系である、というのだから、何かと気苦労も多いのだろう。
「というか……。前に大隊長室から家に電話しているのを聞いたんですけど――」
「盗み聞きか?」
「報告に行って、ドア越しにたまたま聞こえてきただけです」
「……」
本当かどうか。
「――で?」
「まあ、結構……何て言うか、ベタ惚れ?」
「はぁ……?」
――上流階級同士での政略結婚に、そんなことがあり得るのだろうか。
まあ、確かに写真の中の結婚相手はものすごく可愛い子で、誰もが見た途端に声を上げて口笛を吹きたくなるような《美少年》である。
何歳の頃の写真かは知らないが、線が細くて、触れただけで手折れそうなガラス細工の風情なのだ。
まるで、かつて絶滅してしまった〈XX〉のように――。
今から一八〇年以上前、Y染色体を持たない女だけが新種の皮膚癌に侵され、地球上から絶滅した。
学者たちは、慌ててその癌の原因を探り、それが有害宇宙線と、人間の作り出した突然変異誘発物質によって引き起こされたDNA障害であることが判ると、女たちを有害宇宙線の届かない安全な場所に隔離した。
だが、その新種の癌は恐ろしい速さで転移し、遺伝子治療も追いつかないまま、女は地球上から絶滅した。一度浴びた有害宇宙線は、地下や屋内に潜ってからも、その進行スピードを落とさず、女の体を破壊したのだ。まだ一度も外へ出たことのない赤ん坊さえ、母親から受け継いだ異常遺伝子のために、癌を発症して、呆気なく死んだ。
そして、この世は、染色体〈XY〉の男だけの世界となり、染色体〈XX〉の女は存在しなくなった。
もちろん、女の姿形をした者は、いる。それは、女が絶滅したから、といって現れた特種な者ではなく、女がいた頃から存在していた性転換した男たちであった。
彼らはトルソーと呼ばれ、上流階級では、未だ受け入れられてはいないが、中流階級以下では、そう珍しくもなく受け入れられている。――いや、問題はある。彼らは男としての生殖機能を捨ててしまうため、子供を造ることが出来ないのだ。
だから、女ではなく、トルソー――胴体だけのマネキン人形――という名で呼ばれている。
もちろん、精子バンクに精子を保存してから性転換することがほとんどだが、取り違えや盗難の危惧もあり、血統を重んじる家系では、やはり受け入れられることはない。
そんな中、遺伝子工学の先駆者である十六夜の研究と倫理委員会の承認により、あの癌を発症しない〈XX〉の製造が許されるようになったのだ。もちろんそれは、まだこの数年のことなのだが……。
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