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XX外伝 ――継ぐべき者たち――
継ぐべき者たち 17
しおりを挟む《イースター》に戻ると、皆が草を見て『大きくなった』『大人びた』と、懐かしむように、歓びと笑顔で迎えてくれた。
それは、この《イースター》で生まれ育った者への特別な感情だったのかも、知れない。
そして――。
《イースター》は、司の遺産を受け継いだ階が、名目上の管理者となり、事実上は、階の叔父であり、大学卒業までの後見人となっているアンドルゥが切り盛りすることになったらしい。
「アンドルゥ……」
あの、金髪碧眼の、お人形のようだった少年――。
「あの方は、十六夜翁の――十六夜秀隆様の片腕を務めておられたほどの優れた方だ。もちろん今は秀隆様の道は辿らず、司様の遺志を継いで、この《イースター》はそっとしておいてくださるという話だったが……。それも、いつ翻るか判らん。所詮、地上の人間だからな、彼らは」
――地上の人間……。
そう。ここで生まれたのではない者たちに、この《イースター》のことなど解りはしない。ここの人々がどれほど弱く、無知で、何の対抗手段も持たない、怯えるばかりの立場にいる人間なのだ、ということなど。
「……母のいた部屋に行ってみてもいいですか?」
草は訊いた。
「ああ。白衣を羽織って行くといい」
幼い頃、草が柊のスーツに怯えたように、ここの人たちは、まだその地上の人々の姿に不安を感じる。
もう実験対象にされている訳でもなく、理由も教えられず人工授精を試みられている訳でもないというのに。
研究施設を出て、いくつもの扉の先にある平安の都を模した地下都市に入ると、あの頃のままの雅やかな世界が視界を埋めた。
何も変わってはいない――それは安堵をもたらすとともに、この転機に遭っても変われない人々への焦燥をもたらすものでも、あった、
それぞれの御殿を巡る閣道を渡り、母が死ぬまで――五つの頃まで過ごしたその部屋に着くと、草は部屋にかかる御簾を持ち上げ、懐かしさを込めて足を入れた。
すると――、
「私の部屋はこの手前です、先生。知らぬ顔で通り過ぎられるので――」
背後から、衣ずれと共に、声が聞こえた。
その声に振りかえると、そこには草より二つ三つ年上の、典雅な装束を身にまとう少女が立っていた。そして、振り返った草の顔を見ると、
「あ……」
自分が人違いをしていたことに気付いたのか、着物の袖で、口を押さえ、
「ごめんなさい、先生かと……」
きっと、草のような年頃の異性を見るのは、彼女には初めてのことであっただろう。
男の子は皆、母親が癌で死んでしまうと研究施設に移り住み、勉強をし、医学、遺伝子工学を学び、知識を身につけてから、やっとこの《イースター》に足を運ぶのだ。もちろん、その時には、それなりの年になっているはずで、十四、五歳の少年の姿など、ここでは見かけはしないのだから。
もちろん、早くに子供を産んだ〈XX〉の子供なら、十歳くらいまでここで過ごすこともあるが、それでも十五歳の草と比べれば幼な過ぎる。
草を見たその少女が戸惑ったのも、無理のないことであっただろう。しかも草は、彼女が研究員と間違えても仕方がないような、白衣を着ていたのだから。
「先生? どこか具合が悪いのか?」
自分が訊いたところで、何が出来るという訳ではないのだが、草は思わず訊いていた。知らん顔をして、放っておくことも出来なかったのだ。
「少し、さし込みが……。さっき、先生を呼んだのですが……」
部屋には研究施設に通じるドクター・コールが設置されている。
もう実験対象ではなくなり、家族は家族として暮らしてもいいはずなのに、ここの人たちは、今まで守って来た規則の通り、変わらない生活を続けている。
変わることが出来ないのだ。
違うことをするのが、恐ろしくて。
草が地上に出る変化を望んだのは、きっと、柊という地上を知る人間を、親に持っていたからだろう。
「すぐに来てくれるはずだから。部屋に戻って待とう」
自分より年上のはずなのに、自分よりずっと頼りなく見える。――そんな少女を前に、草は地上で覚えた振る舞いで、少女を部屋へと促した。
ここでは、こんな当たり前の触れ合いも、日常のこととして教えられてはいない。〈XX〉たちは研究員を頼るだけで、研究員は十六夜の意思に従うだけ……。
少し待つと医師も訪れ、草は部屋を後にした。
――ここは、このままでいいのだろうか。
だが、変わるといって、どういう方向に変わればいいのかも判らない。
草と同じように地上に出て、彼女たちが地上の生活に馴染んで暮らせるとは、思えない。
それならば、柊や司がそう判断したように、ここは、このままで静かに埋もれさせてしまうのが一番いいのかも知れない。
静かに……ずっとその生活が約束されるのなら。
この生活が壊されないという保証があるのなら。
――十六夜階。
この《イースター》を受け継いだその子供には、ここを守れるだけの力があるのだろうか……。
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