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番外編 エリック編
エリック編 30
しおりを挟む「フェリー! 顔色が……っ!」
病院の表玄関に出ると、たった今着いたばかりのアールが、心配そうに声を上げた。
昨日、日本を出発して、やっと合流できたのだ。
青い顔の階を抱きしめ、その髪と頬に口づける――と、
「場所をわきまえろ。ここはロンドンじゃない」
怒りを含む声で、櫂が言った。
もちろん、アールには初対面である。
「え、あ――。誰?」
と、階に訝しそうに問いかける。
「ん、あ、そうか。知らないよね。――菁の代わりに来てくれた、櫂。――子供の頃から、ずっと草と暮らしてたんだ」
「草って、君の従兄の?」
「うん」
その続きは車に乗り、昨日から滞在している軍事施設の一室に戻ってからになった。
もちろん、アンドルゥと気の合わない櫂が、アンドルゥの教え子状態のアールと気が合うとも思えない。
それでも部屋は、一室である。
「取り敢えず、横になって――。さっきの顔色は普通じゃなかった」
アールが言った。
もちろんアールも、何があったのかは車の中でおおよそ聞いていたが、妊娠中の階に、そんな現状を見せるなど、と不機嫌を顔中で表わしていた。
「そうやって、アンドルゥと二人掛かりで甘やかしているのか。そりゃ、世間知らずにもなるだろう」
当然、階にするように、アールにも遠慮なく、櫂が言う。
「フェリーは今、普通の体じゃ――っ」
「あの病院にいたのも、五体満足の人間ばかりじゃない」
「そんなことは、フェリーの体と関係ないだろ!」
「なら、最初からこんなところへ来させるな。色んな人間を巻き込んで、いい迷惑だ」
「何も解ってないくせに、知った風な口を聞くな!」
「ヘェ。おまえは何を解っていると言うんだ?」
「あなたよりはフェリーを知っている」
「何も知らない、こいつをな」
今にも殴り合いになりそうな険悪な雰囲気である。が――、
「放っておいて、お休みください、階様。司様の周りも、いつもこんな感じでしたよ。気の合わない人間ばかりが集まって、殴り合いも珍しくはありませんでしたから」
昔を懐かしむように、桂が言った。
「へェ……、そうなんだ。見てみたかったなァ」
その光景を思い描くように、階は言った。
何しろ階自身、イートンの下級生の頃までは、殴り合いのケンカも日常だったのだから。
「アンドルゥ様は殴り合いではなく、頭脳戦でしたけどね。菁氏とドクター・刄は、いつも殴り合いでした」
そんな桂の言葉を聞きながら、階はベッドに横になって目を瞑った。
櫂とアールの言い合いは聞こえなくなっていたが、それは仲直りしたからではなく、今度は物にぶつかる音や、床に倒れ込む音に変わっていた。――が、何だかそれも頭の中に浮かび上がる三人――司と菁とアンドルゥと――いや、知らないはずのドクター・刄の姿も含めて、過去に戻ってそれを見ているような感覚だった。
――おかあさまも、こんな音を聞きながら、呆れかえって寝ていたのかナ……。
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