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番外編 ローレンス編

ローレンス編 17

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「ラリー! ラリー――! ロード・ウォリックが来たよ。ラリーに用だって! 慰謝料の取り立てじゃないの?」
 下の階まで聞こえているのではないかと思うような大きな声で、フィリップが言った。
「……何で、おまえが一々言いに来るんだ? シアーズの使用人になったのか?」
 皮肉を込めて睨み返し、それでもまた突然のアンドルゥの来訪に、気が滅入る気分で腰を上げる。――と、
「グレヴィル家総出なんだけど」
「はぁ?」
 フィリップの言葉に眉を寄せ、ローレンスは訝しい思いで階下へ降りた。
 ――グレヴィル家総出、ということは……。
 サロンに入ると、そこにはアンドルゥだけでなく、階やエリックも共に待っていた。そして、ローレンスの顔を見ると、
「――何だ、その顔は?」
「ラリー! だから冷やした方が良いって言ったのに!」
「えーと、そんなに強く殴ったっけ……?」
 と、アンドルゥ、階、エリックのそれぞれが、それぞれの言葉を口にする。
 あれから五日経ったのだが、ローレンスの左頬は、まだ微かな腫れと内出血の痕が残っていた。
「馬鹿力で思いっきり殴っておいて、よくそんなことが言えるな? ――ロード・ウォリック、慰謝料の催促なら、そこの馬鹿に食らった分の治療費と慰謝料を差し引いてもらいますよ」
 ローレンスは言った。
 何しろ、この五日間、ずっとこの顔で仕事をして、行く先々で恥をかいて回ったのだ。出来るだけ表には出ないようにしていたのだが、やはり、ローレンスが顔を出さなくてはならない場所も、幾つかはある。
「慰謝料って……?」
 その階の問いに応えたのは、アンドルゥだった。
「僕と離婚したいそうだ」
「え……? 嘘っ! どうしてそんな――っ」
 ――君が原因だよ。
 とは、とても言えず、ローレンスは、
「まあ、色々と、ね」
 と、曖昧な言葉で受け応えた。そして、
「今日はその話ですか?」
 と、アンドルゥの方へと、視線を向ける。
「そんなことはどうでもいいが――ああ、この二人は勝手について来たんだ」
 ――どうでもいい? これだけ振り回され、弟には散々からかわれたというのに。
「春に心臓の手術オペを予定していたんだが、階は十六夜のことで手一杯だし、エリックは、今からグレヴィルの事業のことを覚える暇はとてもない。軍務もあることだし――。あと、グレヴィルと病院を行き来できそうなのは、おまえくらいだろう?」
「は……?」
「取締役たちを病院と仕事場の往復に使う訳にはいかないだろう? かといって、携帯端末だけでは仕事にならない。どう考えても、足で行き来する人間が要る」
「それを、僕にしろ、と?」
 そう問いかけながらも、選択の余地などないであろうことは、よく解っていた。桂は当然、階に付きっきりになるだろうし、階自身も学位授与式が終わるまでは大学院生であり、日本との行き来と挙式の準備に時間を取られる。アールは臨床実習で忙しいし、他の人間にアンドルゥが病気であることを知らせるわけにはいかない。ウォリック伯爵が病気で入院し、手術を受ける、とでも噂が流れたら、取り引きをしている企業からは、今後の経営を危ぶまれてしまう。会長が死んだら、グレヴィルの事業は破綻する。今、あそこと取り引きをしては、危ないことになりかねない、と……。

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